ここは夢園荘NextGeneration
Wonderful Street
九月(二)
私−坂本空は大きな仕事も終わり、久しぶりにこの街に遊びに来た。
本当はもっと前に来るつもりだったんだけど、去年から続く新作発表会やらなんやらで手が離せない状況だった。
そして少し暇になった8月だったけど家に子供がいるからなかなか1人で出かけるというわけにもいかない。
夫に押しつけようにも彼も仕事が忙しいからそう言うわけにもいかないし……。
と言うことで学校で子供が家にいない9月の平日に来たわけ。
でも電車でここまで30分も掛からないんだけどね。
「空〜〜!」
待ち合わせ場所に指定した駅前の時計塔を目指して階段を下りると、時計塔の方からこれ以上ないぐらいに元気な声が私を呼ぶ。
「本当に元気なん……だか……ら?」
その声の主の姿を見たとき私は自分の目を疑った。
容姿は出会った頃と変わらず、そして天使の輪(古い?)がはっきりと輝く綺麗なセミロングの髪を持つのは変わらない。
だけどその服は一体……。
「ちょっと恵理、その服は一体なんなの!?」
私は親友−恵理にツカツカと近づきながら言う。
しかし、彼女は首をかしげながら何処がおかしいのと言う風だ。
「変かな?」
「変も変! 見た目は変わらなくても歳を考えてよ」
「でもまだ似合うし」
「似合うしじゃない!」
思わず深い溜め息をついてしまう。
彼女は胸元に赤いリボンを付け白いセーラーカラーの小豆色のミニワンピース。そして腰の後ろに白い大きなリボンが付いている。
つまりそれはどこからどう見ても高校の制服だ。
「でも夏樹さんは似合うよって誉めてくれるし」
「いや、確かに似合うけどそう言う格好で出歩くと危ないって」
「大丈夫だよ。さっきもスーツを着たしつこい人が声をかけてきたけど、商店街の人とお巡りさんがどこかに連れて行っちゃった」
「……スーツ? もしかして『学校は?』とか言ってなかった?」
「う〜〜ん、言っていたような気がするけど……」
恵理は口元に指を当て思い出しているようだ。
しかし次の瞬間には「ま、いいか」とニコニコと笑う。
その笑顔に私は頬を引きつらせ笑うしかかなかった。
この娘……昔から全然変わってない。
「あ、空。もう来たんだ」
そこへもう1人の友人の声が聞こえた。
私は救いの主とばかりにその声の持ち主を見る。
そして再び奈落に落ちていくような感覚に襲われた。
もう1人の友人−卯月はメイド服を着ていたのだ。
「な……なんでメイド服なの?」
「うちの制服だよ」
「いつの間にそんな制服が……恵理はともかく卯月まで……」
「私はともかくってどういう意味よ!」
横から恵理がかみついてきた。
「それは、36歳にもなってって意味。普通は着ないって……」
「う〜〜〜〜〜」
恵理は恨めしそうな目で私を見る。
そこへ卯月が恵理のフォローに入る。
「まぁまぁ。ほら恵理の場合は似合うから良いのよ」
「ほらぁ。空は分かってないなぁ」
「分かってないなぁって……」
なんか前よりも幼くなってない?
「子供じゃないもん」
間髪入れずに人の考えに突っ込むところを見るとやっぱり変わってないようだ。
「まぁ良いわ。恵理は似合っているから良いとしましょう。卯月はどうなの? 今日ってノルンは休みじゃなかったの?」
「そ……それなんだけどね」
卯月は口が重くなる。
「最近雨が多かったもんね」
その横で恵理がフォローらしきものを入れる。
私はその言葉で何となく意味が分かったような気がした。
「つまり、着る服がそれしかなかったと言うことなのね」
「お恥ずかしい限りです」
「事情が事情だけに仕方ないけど……あなたもそれをちゃんと着こなし似合っているところが怖いんだけど」
「あは……あはははは……」
卯月も卯月なりにこれを外で着ることに少し抵抗が合ったようだ。
しかし2人の姿を見ていると思わず溜め息が出てしまう。
方やどうどうと高校時代の制服を着て、しかも補導員に呼び止められるほど似合っているし、もう一方は年相応ながらも喫茶店の制服であるメイド風の制服をしっかりと着こなしている。
そんな2人に挟まれている私と言えば、淡い水色のノースリーブのワンピース。
何処にでもあるような普通の服を着ているはずなのに、何故かすごく浮いているような気がする。
「ところで行かないの?」
恵理が私の顔をのぞき込むように聞いてきた。
「あ、行くけど……その格好でバスに乗るわけ?」
「え、なんで? 来るときもバスだよ」
「なんでと聞かれてもね……」
「私……車、出そうか?」
そこへ卯月が助け船を出してくれた。
「ただ道は知らないから、ナビはお願いね」
「まかせて〜♪」
卯月の言葉に恵理が元気よく答える。
道を知っているのは恵理だけなので彼女が答えるのは当然なんだけど、何故か同時に一抹の不安も感じた。
それから十数分後。
卯月の2ドアの軽自動車は助手席に乗る恵理の指示に従って車は順調に目的地に到着した。
そこは敷地を高さ2mぐらいの柵に囲まれた広い庭を持つ平屋建ての建物。
入り口の門の所に『みずほ保育園』と書かれた看板が掛かっている。
私達は車から降りることなく中の様子をうかがうことにした。
「ねぇ、本当にここなの?」
私は狭い後部座席から恵理に聞く。
「ここだよ。ほら今外で子供達と遊んでるでしょ」
恵理が指差す方向を見るとエプロンをつけたやや短めの髪の女性が子供達と遊んでいた。
「あれ、そう?」
「そうって実の妹でしょ?」
恵理の冷たい視線と言葉に誤魔化し笑いをしてもう一度よく見る。
5年前に会ったときはまだ長かった髪をバッサリ切っているけど間違いなく妹のみなもだ。
みなもとは時々会っていたのだけれど仕事が忙しくなってきた5年前から全然会う機会を持つことが出来ないままでいた。
そして去年の春、恵理からみなもが保母さんになったと聞いたときは驚きのあまり電話を落としてしまった程だ。
そんなわけで今日私がここにいる理由はみなもの元気な姿を確認することにあった。
「頑張っているみたいだね」
「会って話していく?」
運転席に座る卯月が聞いてきたが私は首を左右に振る。
「約束してないし、いきなり尋ねていったら迷惑でしょ?」
「いいの?」
「うん」
私は静かに頷く。
「ねぇ空……」
「何、恵理?」
「みなもちゃん、保育士の資格を取るために幾つもバイトを掛け持ちして学費を稼いだりしてずいぶんと頑張ってたよ」
「そうなんだ……」
私が結婚と同時に夢園荘を出た後もみなもはそのまま残っていた。
そしてあの後みなもが何をやっていたのか、その事を一番よく知っているのは一番近くにいた恵理だった。
私は恵理に感謝と同時に軽い嫉妬も感じているのかもしれない。
あの時、一番近くにいたはずだったのにあの娘があんなバイトをしようとしていたことに気づかず、そして気づいたときには全部遅かったことを今でも心のどこかで後悔している。
そしてそれはふと気づくと年々重くなっている。
結局私は姉としてみなもに何もしてやれなかった……。
「そんなこと無いと思うよ」
「え?」
「みなもちゃんね、空にたくさん迷惑をかけたから、ちゃんとした仕事に就いてあなたにふさわしい妹になりたいって言っていたの」
「みなもがそんなことを?」
「うん。あの娘色々とやっていたからね、だから余計かもね」
「みなも……」
「みなもちゃん、誰よりも空のことが好きなんだよね。空は?」
「え、私?」
「うん。どうなの?」
「そんな好きに決まってるでしょ。あの娘は私の唯一の妹なんだから!」
車の中じゃなかったら私は身振り手振りでどれぐらいみなものことが好きか表現したいたに違いない。
すると恵理は助手席のドアを開くと、助手席を前に倒した。
「恵理?」
「だったら会っていくべきでしょ」
「でも……」
恵理は何処にそれだけの力があるのか分からないけど、躊躇する私の腕を掴むと無理矢理外に引きずり出された。
「ちょ、ちょっと恵理……」
文句を言おうとすると恵理は真剣な表情で私の目をジッと見る。
「夏樹さんから聞いたけど、またしばらくしたら春に向けて忙しくなるんでしょ。だったら近くまで来ている今会っていかなくていつ会うつもりなの」
静かに、でも力強いその言葉に私は何も言えなかった。
「それとも怖いの? みなもちゃんと顔を見合わせて話すことが」
恵理は私が心の奥にしまい込んでいることを的確に言い当てる。
「そんなこと言っても私は……」
「私は何?」
「恵理に言ったって分からないよ!」
私は言ってはいけない言葉を言ってしまったと思いパッと手で口を塞ぐ。
でもそれは後の祭りだ。
だけど恵理は静かに微笑むだけだった。
「確かに分からないよ。私はひとりっ子だから。でも肉親に会えない悲しみは誰よりも知ってる」
「え?」
「みなもちゃんを大切に思うのなら会えるときに会っておかないと本当に後悔するよ」
「恵理……」
恵理は私から視線を外すと助手席を起こして乗り込みドアを閉じた。
「え、ちょ、ちょっと」
慌ててドアに駆け寄ると、窓を開けた。
「帰りにはみなもちゃんと一緒に帰ってくると良いよ」
「私はまだ……」
「素直じゃないんだから、卯月行こう」
「そうね。空、少しは周りを見た方が良いよ」
2人はそう言い残すと私を置いて車で行ってしまった。
「もう!」
小さくなっていく車の姿を見て文句を言う。
その時、保育園の門の所にエプロンをつけたやや短めの髪の女性に気づいた。
「みなも?」
「お久しぶりです。姉さん」
それからしばらく2人の間に沈黙が流れる。
そしてその沈黙を破ったのはみなもの方だった。
「恵理さんと卯月さんが教えてくれたんです。今日姉さんが会いに来てくれるって」
「え、それじゃ私、2人にはめられたって事?」
「そう言うことになりますね」
「あ、あの2人は!!」
「ふふふふ」
「あは、ははは……」
私達は互いに笑い合った。
「ごめんね、みなも。なかなか遊びに来ることが出来なくて」
「いいえ。姉さんがどれだけ忙しいかは雑誌を見ていれば分かります。それよりも中に入りませんか?」
「そうね。でも部外者の私が入って良いの?」
「園長先生の許可はもらっているので大丈夫です」
「それならいいけど」
「どうぞ、案内します」
みなもに促されて門をくぐろうとしたとき、みなもが動かないことに首をかしげた。
「どうしたの?」
「……姉さん、今までごめんなさい」
「みなも?」
「姉さんが、私のせいで自分を責めていることずっと知ってました。だから私……」
「バカね……」
私はそっとみなもを抱き寄せる。
「……姉さん?」
「子供達に囲まれて笑っていたあなたを見たとき、私嬉しかったんだぞ」
「嬉しかった?」
「うん、だから……そうだな、ここ5年間の空白を埋めない? 私が夢園荘から出てからでも良いんだけど、それだと長くなりそうだから。とにかく恵理が知っているのに姉である私が知らないのって悔しいよ」
そう笑顔で言うと、みなものぱぁっと笑顔になり「はい!」と頷く。
ずいぶんと遠回りしたような気がするけど、やっと元の姉妹に戻れたと実感した、そんな1日だった。
一応あの2人には感謝をしないといけないんだろうな……。
<あとがき>
絵夢「主人公チーム(w)から離れて母親達を引っ張り出してみました」
恵理「空……ずっと悩んでいたんだね」
絵夢「まぁいろいろとあったからね」
恵理「でもみなもちゃんが保母さんというのもなんかすごいね」
絵夢「時は人を変えるという事だね」
恵理「う〜〜ん」
絵夢「次回は10月はいよいよ修学旅行になります」
恵理「何処に行くの?」
絵夢「公立高校の修学旅行だからね……あそこだな」
恵理「だから何処?」
絵夢「次回までおたのしみに〜」
恵理「え〜」
絵夢「え〜じゃない!」