ここは夢園荘NextGeneration
Wonderful Street
九月(一)
新学期になって初めての体育の授業は短距離の計測だった。
一応出席番号順に2人ずつ走っている。
そして私−鷹代和沙は真剣に走って15秒台。
春の体力測定と比べてもほとんど変わらない。
でも15秒台と言っても私よりも遅い人もいるし平均的かな?
走り終えた私はゴール地点の近くで座ってクラスメイトと談笑していると、急に彼女は私から視線を外してスタート地点の方を見る。
それに従うように他のみんなも彼女の視線の先を注目する。
「どうしたの?」
「ほら、次の」
彼女の言葉に従い100m先を見ると、私の幼なじみの早瀬冬佳と陸上部の短距離選手で全国大会にも出場が決まっている氷川小石が並んでいる。
「どちらが勝つと思う?」
彼女は今から始まるレースに胸を高鳴らせているようだ。
「幼なじみのよしみで冬佳かな?」
「え〜っと和沙は冬佳……っと、南〜これでオッズどうなってる?」
他のクラスメイトも盛り上がっていると思ったら賭けをしていたのか……。
でも小石は12秒前後、冬佳は春の体力測定で15秒。
それを知っているはずなのにどうして賭けになるのかなぁと考えてしまう。
「ねえ、和沙……私、今日は本気だそうかな……」
更衣室で体操着に着替えている横で冬佳がぼそりと言った。
「本気って春の時って15秒ぐらいだったよね」
「まぁね。でも南の話だと私の方が高いんだって。それを聞いたら余計にね」
「何が高いの?」
「んっと……あ、そろそろ行かないと」
冬佳は時計を見てそう言うと、グランドへ急ごうとせかした。
「高いってオッズが高いって事なのね」
更衣室での話を思い出してなんとなく納得した。
あの娘、意外と負けず嫌いだし……。
「ねぇ恵、今ってどのくらいなの?」
私は先ほどから離しているクラスメイト、橘恵に聞いてみる。
その質問に南と話している桂は彼女に聞いた。
「えっと、小石が優勢ね。冬佳へは私達を含めて15人ちょいだよ」
「それで冬佳が高オッズになるの?」
「冬佳に話したときは高オッズだったんだけど、あれよあれよと言う間に……」
恵はトホホと言ったふうにわざと肩を落とす。
「靴箱にラブレターが入っている位だからね……」
「そう、冬佳ってすごく人気があるから」
「恵はどうして冬佳に?」
「私は春の泥棒騒ぎを見てたからだよ」
「あ〜なるほど……」
私はバイトでその場にいなかったのだけど、あの窃盗事件で冬佳は派手に活躍したらしい。
「和沙はどうして?」
「私はいつも見てるから……かな?」
「なるほど」
曖昧な答えだったけど恵は納得してくれたようだ。
私はそのまま視線を動かし冬佳を見ると、彼女はこちらを見て笑ったように見えた。
冬佳……やる気満々だね。
2人がスタートラインに立つ。
「位置について〜よ〜〜〜い」 ”パンッ!”
その音と共に一斉に走り始める。
小石は歯を食いしばり真剣に走っているのと対照的に冬佳は涼しい顔だ。
最初はほぼ同時と思われたが、25mを示すラインを越えた当たりから冬佳が引き離し始めた。
そして50mラインを越えたところで身体二つ分ほど離れているようだ。
冬佳はそのまま引き離してそのままゴールする。
彼女はまったく疲れた様子もなく後ろを振り向いき、小石のゴールする姿をみる。
小石は苦しそうに冬佳を睨むが、走ってきた惰性で冬佳の横をすり抜けると座り込んだ。
その直後、計測係が2人にタイムを告げる。
小石は11秒57。
そして冬佳は10秒00。
それを聞いた冬佳は私達に向けてVサインを出した。
私達はと言うと、私は「やっぱりね〜」と思い、恵達冬佳に賭けていた人達は大喜び、それ以外は「あ〜」と言った表情で残念がっている。
そうこうしていると冬佳は座り込んだまま動かない小石に近づくと手を差し出した。
だが小石はその手を払うとキッと睨み付けている。
「春の時、手を抜いていたわね!」
グランドに小石の声が響く。
私達はその声に2人を注目した。
そして冬佳はと言うと苦笑するしかないようだ。
「手というか足なんだけどなぁ」
「一緒よ! なんでそれだけの足を持っていながら陸上部に入らないのよ!」
「そんなこと言われても興味ないから」
「水泳でも世界記録出したんでしょ!」
「だから興味ないって」
「何でよ!」
「たぶん、私は私で小石は小石と言うことでしょ」
「……なによ、それ?」
「言葉通りだよ。そういえばさっきのタイム、小石の新記録じゃない?」
「え?」
ニコリと微笑みながら言う冬佳に、小石は言葉を失う。
そんな小石に冬佳は再び手を差し伸べる。
「走った後にすぐに座り込むのって身体には余り良くないって聞いた事あるんだけど」
小石はぶつぶつと何か言いながらその手を取ると立ち上がった。
すると冬佳は彼女の耳元で何かを囁き、小石はそれに驚きの表情を見せるが、冬佳はそのままパッと離れて私達の方に小走りで駆け寄ってきた。
それに続くようになにか難しい表情をした小石も戻ってくる。
私達は歓声で出迎えると、2人はそれぞれの場所に座った。
私は隣に座る冬佳に小声で聞いてみた。
「小石に何て言ったの?」
「私は楓を守ることで忙しいのって言っただけだよ。そうしたらきょとんとしてたけどね」
「そりゃそうでしょ」
「私のシスコンは有名のはずなのにあんな顔しなくても良いと思うんだけどなぁ」
「知っていてもああいう顔をすると思うよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
「う〜ん」
冬佳は腕を組み少し考える仕草をするが、すぐに「ま、いいか」と言って笑う。
この脳天気さが冬佳の最大の武器なのかも知れない。
私は改めて再認識した。
放課後、バイトが休みの私は冬佳と一緒に室内プールを一望できる上の通路にいた。
「楓ちゃん、前よりも早くなった?」
今50Mを泳ぎ切った楓の姿を見ながら言うと、冬佳は「当然でしょ」と自分のことのように言う。
その姿に私はクスクスと笑う。
「どうしてそこで笑うの?」
「だってすごく妹バカなんだもん」
「ふん、良いじゃない。私は誰よりも楓が大切なんだから……あの娘だけは絶対に……」
冬佳はそこで言葉を打ち切り、下から手を振る楓に笑顔で手を振り替えしていた。
『絶対に』……その後で何て言おうとしたのか少し気になったけど聞かなかった。
たぶん聞いても誤魔化されそうなそんな気がしたから。
「そういえば、今日の100m走。ゴールしたとき小石と違って全然疲れていなかったみたいだけど、もしかして余裕だった?」
私は話を変えようと今日の体育の話を振ってみた。
「うん、余裕だよ。走りながら10数えてたら本当に10秒丁度で驚いたけど」
「や……やっぱりそうなんだ。と言うことはまだまだ早いって事だよね。どのぐらいで走ることが出来るの?」
「う〜〜ん、本気で走ったときのタイムなんて取ったこと無いし……どうかな?」
冬佳はガラス面にある柱にもたれながら考える。
「たぶん……男子の世界記録更新は出来るかも知れないけど……う〜〜ん……」
私は冬佳の言葉は誇張でも何でもなく事実なんだろうなぁと漠然と思い溜め息が出てしまった。
「あ、溜め息なんかして幸せが逃げちゃうぞ」
「冬佳と楓の幼なじみと言うだけで十分幸せな気がするけどね」
これは嘘じゃない。
いつも冬佳に振り回されている感じだけど、毎日楽しく過ごしていけるのもまた彼女たちのお陰だからね。
「またまたぁ、私達なんかよりも側にいて欲しい人がいるんじゃないの?」
「なっ! なんでそこで和樹が出てくるのよ!」
「私としては『誰か好きな人でもいるんじゃないの?』と言う意味で言っただけで、和沙の口から和樹君の名前が出てくることの方が驚きなんだけど」
「え?」
私はしばし冬佳の呆れた顔を見ながらさっきの会話を思い出す。
「あの冬佳……今の忘れて……」
「忘れるのは良いけどね。でもあまり難しい恋愛はしない方が良いと思うよ」
「そんなんじゃなくて、ただあの子が私を『姉』じゃなく『異性』として見ていると言うだけで……」
「ま、和樹君の言動を見ていたらそんな感じだよね。それに対して和沙はどうなの?」
「わ、私!? 私はただの弟に決まってるじゃない!」
冬佳はジッと私の顔を見て、深い溜め息をつく。
「なによ、いきなり人の顔を見て溜め息をつくなんて!」
「和沙は分かり易いって話。誤魔化すとき、いつも声のトーンが少しだけ上がるから」
「え?」
それは気づかなかった……。
「で、でもね、和樹は血の繋がった弟なの。それには変わりないんだから。だから……」
「それで良いと思うよ。結局の所、和沙も弟離れが出来てないって事なんだよ」
「弟離れ? 私が?」
「そうじゃない?」
「う〜ん……」
冬佳の言葉に私は腕を組んで考える。
言われてみれば冬佳の言う通りかも知れない。
妄想が先走りして危ない考えに行き着いちゃっただけで実際は大したこと無いんだよね。
「ありがとう! なんかすっきりしちゃった」
「どういたしまして」
私の言葉に冬佳は微笑みと共に答えてくれた。
「これで和樹に会っても大丈夫だよね」
「頑張ってね」
「なんでそう言う答えになるの?」
「だってあなたの中のもやもやが解決しても向こうは変わらないんだからね」
「あ〜そっか……でも、なんとかなるよね。きっと」
「たぶんね……和沙は和沙。和樹君は和樹君。決して同じじゃないから……」
冬佳は私を見ているはずなのにどこか遠くを見ているような目で言うがすぐに元に戻った。
う〜ん、気のせいかな?
「とにもかくにもいろんな意味で頑張ってね」
「いろんな意味ってどういう意味よ」
「別に」
「もう、冬佳は!」
「ふふふ」
クスクス笑う冬佳を軽く睨むも私も釣られて吹き出してしまう。
冬佳と一緒にいるとこっちまで楽しくなるのは本当だよね。
「お〜い、終わったよ〜〜」
下から楓の声が聞こえた。
その声に下を見ると、楓は制服に着替えて私達に向かって手を振っている。
「行こうか」
「うん」
冬佳に続くように私も下に下りていった。
<おまけ>
「ねぇお父さん。夏樹おじさんも足が速いんだよね。100mどのぐらい?」
『いつも流して10秒ぐらいだったな』
「……本気で走ったら」
『計ったことが無いから分からないけど、自動車よりは速いな。それがどうかしたのか?』
「………ううん、何でもない……ありがとう。おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
”ガチャン”
「……もしかして冬佳も同じってことかな? う〜〜ん……」
<あとがき>
恵理「冬佳ちゃんって父親似だよね」
絵夢「今更なにを言うかな」
恵理「再認識の話」
絵夢「なるほど、まぁ力も受け継いでいるようだしね」
恵理「う〜ん」
絵夢「ま、気にするな」
恵理「う〜〜〜〜〜ん」
恵理「和沙ちゃんの気持ちって本当のところどうなの?」
絵夢「知らん」
恵理「あ、あのねぇ」
絵夢「そのうちはっきりするんじゃないのか?」
恵理「そんな物かな?」
絵夢「そんなもんだよ」
恵理「う〜〜ん」
絵夢「であ次回もどうぞよろしくです」
恵理「みなさん、まったね〜♪」