NOVEL



ここは夢園荘

まなみの章

3年3組 桜まなみ
わたしにはお父さんがいません。お父さんはわたしが小さい時に死にました。
それからお母さんとふたりでがんばってきたけど、お母さんはわたしを水瀬のおうちにおいていきました。
さいしょはすぐにむかえにきてくれると思っていたけど、ずっと待っていてある時、わたしはお母さんにすてられたんだと分かりました。
今のわたしにはお父さんもお母さんもいません。でもわたしは大丈夫です。
だって水瀬のお父さんとお母さんがいるし、3人のやさしいお姉ちゃんがいるからです。

部屋のそうじをしていると、去年国語の時間に『わたしの家族』という題で書いた作文が出てきた。
わたしはそれを読みながらため息を一つついた。
「今がいいからいいか……」
つぶやいてからなんかすごく後ろ向きな考え方だなと思わず苦笑い。
『まなみ、いい?』
襖の向こうから一番上の葉月お姉ちゃんがの声がする。
「うんいいよ」
わたしの返事を待って襖が開く。
「掃除してたの?」
「うん。なに、お姉ちゃん」
「もうすぐご飯だから呼びに来たの」
「うん、すぐに行くね」
そうじの手を休めると、お姉ちゃんと一緒に部屋から出た。

わたしは自分のことを不幸だなんて思ってない。
だってこんなにやさしい家族がいるから……毎日が楽しいから……。

「ただいま〜」
ある日学校から帰ると、お母さんと葉月お姉ちゃんがお客さんの相手をしていた。
その人は……。
「まなみ!」
その人は私の姿を見ると涙を流しながらわたしに近づこうとする。
「なんで……」
わたしはその人から逃げるように後に下がった。
「まなみ?」
「なんで……なんで今頃……わたしを捨てたんでしょ。なんで今頃ここにいるの!」
その人はわたしを生んでくれた人、そしてわたしを捨てた人。
「まなみ、わざわざこうして会いに来てくれたのよ。話ぐらい聞いてあげても……」
あの人のテーブルの反対側に座るお母さんが優しく諭す。
でも……話なんて聞きたくないよ。
「まなみ、ごめんなさい。私……」
「そんな謝られたって困るよ」
わたしは努めて冷たく言い放つ。
「話だけでも聞いて……」
「聞きたくない……」
「私がバカだったの……」
「聞きたくないって言ってるでしょ!!」
”パシッ!”
わたしの頬を叩く音。と同時に一瞬の静寂。
「葉月……お姉ちゃん……」
「あなたの気持ちは分からなくは無いわ。でもねこうして会いに来てくれたんだもの、話ぐらい聞いてあげないと……」
「……………聞きたくない」
「まなみ」
「わたし、その人なんて知らない!」
わたしは葉月お姉ちゃんの手をふりほどくと、その場から逃げ出し、外へと駆けだしていった。
「まなみ!!」
後から誰かがわたしを呼んだ気がしたけど振り向かなかった。

”ドンッ”
階段下の鳥居のところで誰かにぶつかり尻餅をついた。
「まなみちゃん、大丈夫?」
それは夢園荘と言うところの管理人をしている夏樹お兄ちゃんとそこに住んでいる恵理お姉ちゃんだった。
「急に飛び出してきたら危ないぞ」
恵理お姉ちゃんがウィンクしながら言う。
「そうだぞ」
道路に座り込んでいるわたしを立たせながら夏樹お兄ちゃんが言葉を繋げた。
「ご、ごめんなさい。ちょっと急いでたから……」
「気を付けないとダメだよ」
「うん……」
怒られてるわけでもないのにちょっとシュンとしてしまう私。
「まなみ〜〜」
その時階段の上の方から私の名前を呼ぶ声。
「あれ、まなみちゃん呼んでるよ」
その声を聞いた夏樹お兄ちゃんが声のする方を指差しながら言う。
わたしはハッとして再び当てもなく走り出した。
「ごめんなさい」
その言葉を残して……。

その後はどこをどう走ったかは覚えてない。
気づくと夕方前なのに遊ぶ人もいない寂しい公園にいた。
「変なところまで来ちゃった……」
私は手頃な場所にあったブランコに座るとさっきまでのことを思い出した。
「今頃来るなんて卑怯だよ……」
ブランコに揺られながら考え事をしているうちに空がだんだんと赤く染まっていく。
「……こんな時間……どうしよう……」
ここは知ってる場所だし、帰り道に迷うことはない。でも家に帰ればまだ……。
「ここにいたんだ」
その声にハッとして顔を上げる。
「恵理お姉ちゃん……」
「探しちゃったよ。まなみちゃん足早いから……」
お姉ちゃんは私の隣の空いてるブランコに座る。
「葉月さんから話を聞いたよ。お母さんが迎えに来たんだってね」
「あの人は……お母さんじゃない……私を捨てた人……」
「どうしてそう言うことを言うかなぁ」
「だって……私ずっと待ってたんだよ。一ヶ月、二ヶ月……半年……ずっと迎えに来てくれるのを待ってたんだよ。それなのに来てくれなかった……」
目から涙がこぼれる。それでもわたしは話した。
「一年経って捨てられたんだって……それまで泣かなかったのにそれが分かった時……初めて泣いた……」
「そっか……」
お姉ちゃんはブランコから降りると私の後に回って優しく抱きしめてくれた。
「まなみちゃん、ずっと寂しかったんだね」
「寂しくなんか……なかった……だって、お父さんやお母さんや葉月お姉ちゃんや卯月お姉ちゃん、睦月お姉ちゃんがいるから……」
「そうだよね。うん、そうだね」
「……」
「ね、まなみちゃん。お母さんのこと許せない?」
わたしは黙って頷く。
「そっか……でも私はまなみちゃんが羨ましいよ」
「え?」
その言葉に私はお姉ちゃんの方を見る。
「だってまなみちゃんにはお母さんが二人もいるんだよ。まなみちゃんを生んでくれたお母さんと水瀬のお母さん」
「お母さんが……二人……?」
「うん。私にはお母さんがいないから……。私のお父さんとお母さんは、私がまだ今のまなみちゃんよりももっと小さきときに事故で亡くしちゃったの。だから私にはそう呼ぶことの出来る人がいないんだ」
「お姉ちゃん、ずっと1人だったの?」
「うん」
「寂しくなかった?」
「寂しかったよ」
「お姉ちゃん……」
「まなみちゃん、お母さんのこと本当に嫌い?」
「……」
わたしはゆっくりと小さく首を左右に振る。
「そうだよね。ずっと待ってたんだから」
「でもわたしを捨てたこと許せないよ」
「うん、それでも良いと思うよ」
「良いの、それで……」
「うん、それで良いんだよ」
「わたし……どうしたら……」
お姉ちゃんは抱きしめていた手を離すとわたしの前に座り、わたしの顔をジッと見つめた。
「そうだね……まず、みんなに謝ること」
「謝る?」
「そう、ひどいこと言って飛び出してきたんでしょ。それにみんなに心配させてる」
「……うん」
「その後でお母さんときちんと話をする」
「……出来るかな?」
「『出来るかな?』じゃなくてやるの。そうじゃないと何も始まらないよ」
「……うん、頑張ってみる」
「その意気だよ」
お姉ちゃんは私を勇気づけるように笑ってくれた。
「一緒に行こうか?」
「大丈夫、1人で行ける」
「じゃ、頑張ってね」
「うん、お姉ちゃんありがと!」
わたしはお姉ちゃんにお礼を言うと家に向かって走り始めた。

家につくと卯月お姉ちゃんや睦月お姉ちゃんまでいてちょっと言葉につまったけど、恵理お姉ちゃんに言われたとおり謝る。
お母さんやお姉ちゃん達は何か言いたそうだったけど、わたしの言葉に互いに顔を見合わせてやれやれと言った感じだった。
そしてそのあと、あの人と二人で話をした。
なんで置いていったのかとか、今頃どうしてきたのかとか……。
話していて分かったことはお父さんが死んでからわたしを連れて生きていく自信が無かったと言う事……。
でもわたしを置いていったことをずっと後悔していた。
この人は寂しかったんだ……何年も1人で背負い込んで……。
私はしばらくこの人と暮らしてみようと思う。
まだ『お母さん』と呼ぶことは出来ないけど、でもわたしを生んでくれた人だから……。
わたしがこの家に来てから教わったことを今度はわたしが教える番だと思うから。
それでしばらくやってみて、それでも許せなかったら今度はわたしの方から出て、この家に戻ってくれば良いんだもんね。

次の日。
私はこの人と一緒に家を出た。
夏樹お兄ちゃんや恵理お姉ちゃん、夢園荘のみんなが見送りに来てくれた。
わたしは凄く嬉しかった。
そして見送ってくれるみんなにこの言葉を言った。
「私、元気で頑張るからね!」


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<あとがき>
恵理「私、大活躍。私ってば保母さんに向いてる?」
絵夢「たまたまだろ」
恵理「う……ひどい」
絵夢「でも恵理のお陰でまなみちゃんは救われたわけだし、このことは水瀬家族には無理だからね」
恵理「似た境遇でないと分からないもんね」
絵夢「似てない似てない。これは客観的に捕らえられる人じゃないと無理な話。だから夏樹でも大丈夫だったんだよ」
恵理「え……そうなの?」
絵夢「でも同性の方が説得しやすいと言う点から恵理で正解だったでしょう」
恵理「なんか誉められてる気がしない(^^;」
絵夢「大丈夫、遠回しに誉めてるから」
恵理「そうなの?」
絵夢「そうだよ」
恵理「じゃ、納得しておく」

絵夢「では次回は『葉月の章』の前に一回、インターバルを挟みます」
恵理「すぐに次に行くんじゃないの?」
絵夢「行かない。どうしても今回の事件で夏樹の心の微妙な動きを書かないと先に進めないの」
恵理「では、次回は別名『夏樹の章』」
絵夢「はずれ」
恵理「え? じゃ、誰?」
絵夢「それは読んでのお楽しみ。それでは」
恵理「次回も」
絵夢&恵理「お楽しみに〜〜」

恵理「マスター、ホントに誰?」