ここは夢園荘 サイドストーリー
動き始めた時間
冬佳ちゃんが他界してから一年が過ぎた。
先日夏樹とその両親と澪と亜沙美と共に墓参りに行ってきた。
夏樹は今でもその表情に影が差していて本当に笑うことは無い。
本気で愛していた者を目の前で助けることが出来なかったんだ、仕方ないのかも知れない……。
「鷹代くん」
放課後、昇降口で靴を履き替えていると担任の川奈先生に呼び止められた。
俺達が一年の時にこの学校に新任としてやってきた女性で、初めて受け持ったクラスに俺達四人がいた。
それから三年間、クラス替えも教師替えもあるにも関わらず、川奈先生と俺達四人は同じクラスだった。
「なんですか?」
それなりに親しいとは言え下らない用事なら適当な言い訳で断るつもりで返事をする。
向こうもそんな俺の態度はすぐに分かることだろう。
「早瀬くんのことなだけど……」
「あいつの悩み事を聞こうとしても無駄ですよ。絶対に話しませんから」
「そのことじゃなくて、進路調査票をまだ出してないのよ。だから出来るだけ早く出すようにあなたから伝えて貰いたいの」
「進路って……もう十二月ですよ。あいつまだ出してなかったんですか」
「ええ、そうなの。就職にしても進学にしても資料を作らないと行けないんだけど……」
「俺から言うよりも直接言った方が良いんじゃないんですか?」
「言ったんだけどいつも生返事だけで……強く言っても軽く交わされちゃって……」
川奈先生は苦笑を漏らす。
俺は軽く溜め息をついた。
「分かりました。それじゃ会ったときにでも伝えておきます」
「ええ、お願いね。たぶんこの時間なら屋上にいるんじゃないかな?」
「……なんで知ってるんですか?」
「私はあなた達が一年生の時からの担任ですから」
川奈先生はニコリと微笑むと、職員室へと歩いていった。
その後ろ姿を見ながらもう一度溜め息をつくと、上履きに履き替えて屋上へと向かうことにした。
屋上の扉を開くと川奈先生の言うとおり鞄を枕代わりに寝ころぶ夏樹の姿があった。
夏樹は扉が開く音にも反応を示すことなく、ジッと右手の甲を見ている。
正確には『風の指輪』を見ているのだろう。
その目は寂しさと悲しみを含んでいるように見える。
そんな彼の様子に呼んで良いのか一瞬戸惑う。
「タカ……何か用か?」
まるで俺の心を見透かしたかのように先に夏樹が声をかけた。
俺は軽く息を吸い込むと、夏樹の側まで歩きその隣に座る。
「早く進路調査を出せって先生に頼まれてね」
「決まってない物は出せないよ」
「フリーターとでも書いて出したらどうだ」
「それはもうやった。そうしたら再提出だってさ」
「あ……そうなんだ」
真面目にそう言う夏樹に溜め息が出る。
そして俺は話している間、夏樹が全く視線を逸らさない『風の指輪』を見た。
「あれ?」
それを見たとき違和感を覚え、自分の『大地のペンダント』を見る。
「夏樹……それ……輝きが……」
「気づいたか。あれから輝きを失って濁った色になった。おそらくあの時の暴走で力を失ったんだろうな」
夏樹は悲しそうな笑みを浮かべる。
「夏樹……」
それ以上何て声をかけて良いのか分からず言葉を濁していると、体を起こし俺の方を見た。
「卒業したらお前はどうするんだ?」
突然、俺の進路を聞いてきた。
今まで全くと言って良いほど無関心だったのに……。
「俺か……俺は調理師免許を取るために専門学校に行く」
「コックにでもなるのか?」
「喫茶店をやろうと思ってるんだ。場所も当てがあるし……」
「お前のコーヒーは美味いから、それは良いかもな」
夏樹はそう言うとまっすぐと前を見た。
その横顔を見ながら、「お前が切っ掛けを与えてくれたんだ」と心の中でそっとつぶやいた。
インスタントではなく豆を炒るところから淹れるコーヒーを教えてくれたのは夏樹だった。
夏樹は子供の時からブラックを飲んでいたらしく、コーヒーには少なからずこだわりがあるようだ。
中学の時に初めて家に遊びに行ったとき、台所で豆を炒り轢いてコーヒーを淹れるその様子に興味を覚え、しばらくしてから淹れ方を教えてくれと頼んだ。
初めのうちは飲めた物じゃなく、冬佳ちゃんに何度も文句を言われた。
それでも夏樹は笑いながら丁寧に教えてくれて、いつの間にか夏樹に自分が淹れたのより美味いとまで言わせるほどになっていた。
自分ではその辺のことはよく分からないけど、だけど喫茶店をやったら良いんじゃないかと夏樹が言ってくれたから、俺はこの道を選ぶ事が出来た。
昔のことを思い出していると夏樹は再び俺を見る。
「他の二人は?」
「澪は結婚するそうだ。相手は学祭にも来た大学生」
「学祭の時というと……あのメガネをかけてひょろっとした奴か」
「澪が聞いたら怒るぞ」
「それもそうだな」
夏樹は少しだけ笑みを零す。
それも一瞬の事だが……。
「それから亜沙美は……両親の転勤にあわせて北海道に行くそうだ。もう向こうの大学を受ける準備をしてるみたいだ」
亜沙美が北海道に行くことを決めたのは、恐らく夏樹に何もしてやれない自分が悲しくて悔しくて……だからこの地を去ろうと決めたのだと思う。
彼女は夏樹のことがずっと好きだったから……。
だけど冬佳ちゃんを悲しませたくないからその想いをずっと胸に秘めたまま……。
「そうか……みんなバラバラになるんだな……」
夏樹は再び寝ころび空を見上げた。
「夏樹?」
俺の呼びかけに何も答えない。
そんな夏樹の姿に俺は言いたくても言えなかったことを口にした。
「夏樹……お前がどれだけ冬佳ちゃんのことを愛していたかは知ってる。そしてそれを目の前で失った悲しみの深さも……。
だけど、何時までもお前がそんなんじゃ冬佳ちゃんが浮かばれないんじゃないのか?
何時までも自分のために悲しんでいる姿を見たら余計悲しむんじゃないのか?
なぁ夏樹……!?」
その瞬間、今までに感じたことのない殺気を感じた。
これ以上話せば命が無い……そんな恐怖を感じた。
だけどそれを振り払うと言葉を続けた。
「冬佳ちゃんが、今お前に何を望んでいるのか。俺なんかが口にするよりもお前自身が一番分かっているはずだ。それなのにお前は何時までも……そんな姿見せられるのかよ……」
背中に冷たい汗を感じながら俺は言葉を繋ぐ。
その瞬間、今まで感じていた殺気が消えた。
夏樹はゆっくりと立ち上がると、鞄を持った。
「言われなくても分かってるけど、それほど簡単に割り切れるわけないだろ。俺はそれほど強い人間じゃないんだから……」
そう言うと、俺の脇をすり抜け校舎に入る扉へ向かった。
「夏樹!」
俺の呼びかけに足を止めるとこちらを向いた。
その表情は少しだけ影が薄くなったように見える。
「これから進路調査を出してくる。今からでも間に合う大学はあるだろ」
「あ……そうか……」
「なんて顔してるんだよ。お前、進路調査を出すように言われてきたんだろ」
「あ、ああ……でも大学って……」
「当面の間は現状維持という意味だ」
「そっか……」
「あ、それからタカ」
「なんだ?」
「店開いたら、俺を一番目の客にしてもらえないか?」
「え……」
夏樹の言葉に俺は耳を疑った。
そして言葉を詰まらせていると夏樹が少しだけ肩をすくめる。
「店長のお前がノーと言うんだったらしょうがないけどな」
「ノーだなんて言うか! お前が嫌だと言っても一番最初に淹れたコーヒーを飲んで貰うからな!!」
「その言葉、忘れるなよ」
夏樹はそう言い残すと、右手を挙げて屋上を後にした。
残された俺は笑いが堪えきれず、大声で笑った。
きっと1年ぶりに笑ったと思う。
嬉しくて……心の底から本当に嬉しくて……。
Fin
<あとがき>
絵夢「今回は高志の昔話……というか夏樹との話です」
恵理「高志さんって素敵な人です」
絵夢「優しい人なんだろうね、きっと」
恵理「こうして夏樹さんは立ち直っていったんだ」
絵夢「本当の意味で立ち直るまでには恵理との出会いまだ待たないと行けないけど」
恵理「なるほど〜」
絵夢「次回はどの話をやろうかなぁ……」
恵理「そろそろあの話をやっても良いんじゃないかな?」
絵夢「あの話か……考えておくかな?」
恵理「ファイトォ」
絵夢「では皆さん、また次回も」
恵理「見てくださいね」
絵夢&恵理「まったね〜」