NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

神と悪魔


H.I.B本社ビル6階、デザイン部の一角にある『SEI ROOM』
ここが僕−坂本聖の仕事部屋だ。
1週間毎にここに泊まり込んでいる関係上、洗面具はもちろん着替え等生活の匂いのする物が置いてあるのもこの部屋の特徴なのかも知れない。
もちろんちゃんと整理して置いていて、散乱はしていない……はずである。
僕は部屋の様子を見ながらそんなことを考えていた。
「……大丈夫だよな」
自信のないつぶやきが漏れる。
”デザイン部『SEI ROOM』の坂本さん、面会の方がお見えです。1階ロビーまでお越しください”
自室で仕事の合間にぼ〜としていると館内放送での呼び出しがかかる。
僕は立ち上がると部屋を出てエレベータホールへ向かった。
そしてホールに着きボタンを押してエレベータを待っていると、誰かに後ろから肩を叩かれた。
驚いて振り向くと夏樹さんがいた。
「よっ!」
いつもの調子で片手を軽く上げて言う。
「おはようございます」
「おはよ。今日も泊まりなのか?」
時計を見ながら言う。
僕も夏樹さんの視線を追うように時計を見る。
時間は午前10時。
「夏樹さんは今来た所ですか?」
「いや、1時間ぐらいはいるぞ。でも昼頃には帰るけどな」
「何しに来たんですか?」
「資料を取りに来たんだ。いや〜先週持って帰るのを忘れてさ、何とかなるかなぁって思ってたんだけど何ともならなかったからさ」
「はぁ」
笑いながら言う夏樹さんに呆れてしまう。
「ところで呆れてるところを申し訳ないが、エレベータが来てるぞ」
「え?」
夏樹さんはエレベータの方を指さしながら言う。
エレベータはゆっくりと閉まり始めていた。
僕は慌てて閉まりかけのエレベータに駆け込む。
閉まる扉の隙間から一瞬だけだったけど手を振る夏樹さんの姿が見えた。
「……相変わらずなんだから」
僕はそう言うと軽く溜め息をついた。

1階に着きエレベータを下りると、ロビー一角にある商談等に使われることが多い応接セットの一つに見覚えのある男性が座っていた。
その人は年の頃は30代で紺の上下のスーツをビシッと着こなし、いかにもやり手の若手実業家と言った風貌をしている。
彼は僕に気づき右手を挙げて手招きした。
僕はそれに従い近寄る。
「久しぶりだな、聖」
「僕を呼びだしたのは兄貴だったんだね。何のよう?」
「相変わらず身内には冷たいな」
兄貴は苦笑を漏らしながら言う。
「別にそう言うつもりはないけどね」
僕は兄貴の正面に座った。

兄貴の名前は坂本良樹。僕とは10歳ほど離れた実の兄だ。
現在、実家の呉服屋を両親と切り盛りしている。
で、僕はと言うと半ば勘当状態で家とは疎遠になっている。

「たまたま近くまで来たから様子を見に来ただけなんだ」
「そうなんだ……あ、すみませ〜ん」
その時丁度横を通った、1階にある喫茶店の店員の女の子にコーヒーを二つ頼んだ。
「そういえば春日さんに聞いたけど、見合い断られたんだって?」
春日さんというのは実家に古くからいるお手伝いさんで、勘当された今もちょくちょく連絡をしてくれる。
「あの人、そんなことをお前に話したのか……ま、その通りなんだけどな」
「ふ〜ん……残念だったね」
「別に良いさ。俺も乗り気じゃ無かったし」
「そうだったんだ」
「お待たせしました」
その時、先ほどの店員がコーヒーの出前を持って来てくれた。
「「ありがとう」」
思わず声が揃ってしまった。
なんだかんだ言っても兄弟は兄弟か……あ、でもこう言う時この店員は確か……。
僕がそう思っていると予想通り笑いを堪えている。
この店員の娘は笑い上戸だった。
彼女はコーヒーを置くと笑いを堪えてその場から足早に立ち去る。
「………」
兄貴はその後ろ姿を無言で見送った。
「聖……」
「気にしないのが一番だよ。あの人、いつもああだから」
僕はコーヒーに砂糖を二つ入れながらそう言った。
「そうなのか」
「うん。たぶんこれがここの体質かもね」
「そうか……」
兄貴は複雑な表情で返事をする。
「それはともかく、ちゃんとやっているみたいだな。
先日の新作見せて貰ったがさらにいい感じに仕上がっているな」
「そう言う風に言ってくれるのは兄貴だけだよ。どうせ親父は認めてないんだろ」
「仕方ないだろうな……父さんは古い伝統に縛られすぎてるから……」
「ま、いいけどね」
僕は窓の外を見ながらつぶやいた。


僕の実家は古くから続く老舗の呉服屋だ。
兄貴は幼少の時から跡取りとして親父から直接教育を受けてきたが、僕は次男と言うことでほとんど相手にされることなく、従業員の人達にいろんなことを教えて貰っていた。
そのこと自体はどうでも良かった。
僕は次第に着物の柄に興味を持ち始め、自分でも色々と描くようになった。
だけど伝統や格式と言った物を知らない僕のデザインは親父の怒りを買い、描く度に破かれていった。
でも兄貴だけは僕のデザインを認めてくれていた。
だけどそれでも親父への憎しみは増すばかりで、募りに募った思いから道を踏み外して不良の仲間入り。
高校に入った頃には辺り一帯を仕切るまでになっていた。
その時付いたあだ名が『聖なる悪魔(セントデビル)』……名前から取ったのは一目瞭然だな。
そして17歳の春に高校を中退し、それと同時に勘当。
後は不良街道まっしぐらの人生。
そんな時、僕よりも強いと言う『四神将』の話を聞き、そいつらを倒してさらに名を上げようと彼らの住む町に単身乗り込んでいった。

僕が駅に降り立つと花を咲かせ始めた桜の木が出迎えてくれた。
その花の色が僕には血の色に見えた。
「さてと……どこに行けばあえるのかな」
駅前のロータリーで辺りをうかがいながらつぶやく。
すると、いかにも『不良です』と言った二人組の姿が目に入った。
「彼らに聞いてみるか」
そう小声で言いにやりと笑うと、向こうと目があった。
二人組はカモを見つけたような顔で近づいてくる。
外見、背も低く女顔だからカモと思われてもしょうがないが彼らが僕のことを知らないことには驚いた。
電車で30分程度の場所なのに……。
そうこうしているうちにお約束の因縁をふっかけられ、駅前の交番から遠い人気のないビルの谷間に連れ込まれた。
そして数分後。
僕の足下で血反吐を吐いて転がる二人の姿があった。
「『聖なる悪魔』の僕に喧嘩を売ったんだ、その程度なら安いもんだろ」
そう言って一人の腹を思いっきり蹴り飛ばす。
「がはッ!」
醜い音が聞こえるが気にしない。
「さてと……おい!」
近い方の不良の髪の毛を掴み顔を上げる。
「『四神将』の中でも最強とか言う『風の神将』って奴には何処に行けば会えるか答えろ」
「し、知らない」
「………」
僕は無言でみぞおちに拳を入れる。
「ぐあっ!」
「知らないことは無いだろう」
「ほ、本当にしら……ぐげぇう」
僕は手を離すと同時にその醜い顔に蹴りを入れた。
そいつのひきがえるをつぶしたような声がさらに気分を昂揚させる。
「さてと……」
壁を背に怯えるもう一人を見る。
「君を教えてくれるよね」
だけどそいつは言葉を忘れたのか首を小さく激しく横に振っている。
僕はゆっくりとそいつに近づこうとした時、僕たちがいる路地の入り口付近に立つ人影が目に入った。
「そのぐらいにしてやったらどうだ?」
そいつはごく普通の口調でそう言う。
「君は誰?」
「通りすがりのお兄さんと言ったところかな?」
やや軽い調子で言うと、男はゆっくりとこちらに近づいてきた。
僕は男を観察する。
年の頃は高校生か、行っても二十歳前ぐらい。
春物のシャツにジーンズと普通の格好をしている。
そしてファッションなのか右手の薬指に青い石の入った指輪をはめている。
そこまでは普通の人なのだが、射るような目がこいつがただ者では無いと本能が告げている。
「邪魔するなら、君もこいつらと同じようになるよ」
「だからと言って見過ごすことも出来ないからね」
「ふ〜ん……じゃ、一瞬で眠らせてあげるよ」
僕は身を屈め、男との間合いを詰めるとその腹部に正拳を放つ。
だがその瞬間男の姿が目の前から消えた。
「!?」
「こっちだよ」
驚く僕の背後から男の声。
慌てて声のする方を振り向いた直後、鳩尾と両脇腹、両肩、両ふくらはぎに同時に激しい痛みが走る。
それが殴られた痛みだと認識すると、突然後頭部に強いショックを受けそのまま意識が消えた。

気が付くと喫茶店の椅子に寝かされている。
僕は目だけで当たりを伺うと店内に客の姿は無く、窓の外を見ると暗かった。
時計が見えないから時間は分からないけど、周囲の様子から遅い時間なのかもしれない。
身体の痛みを堪えると上体を起こした。
「気が付いたか」
カウンターの中でコップを拭いている男が僕を見て言う。
男の年はさっきの奴と同じくらいぐらいに見える。
何処にでもいるような気のいいマスターと言ったところか……。
「ここは?」
「俺の店だが」
「……僕は一体」
「夏樹がここまで運んできたんだ。あいつにずいぶんとやられたみたいだな」
マスターは笑いながら言う。
「あいつ、夏樹というのか」
悔しそうに言う僕をじっと見ている。
「夏樹は何も言わずにお前をここに置いていったけど、相手が誰だか分からずに喧嘩を売ったと言うわけか……『聖なる悪魔』君」
「!?」
僕は驚き席を立ちマスターを睨む。
だが彼の口調は変わることはなかった。
「知らないとでも思ったか?」
マスターはコップを置くとカウンターから出てくると、僕の正面の席に座った。
僕は警戒しながら再び座り、彼をジッと睨むように見る。
「君はここから30分程度の街での有名人だからな、噂はここまで聞こえてくるよ」
「………」
「そして……ここに来た目的は『四神将』かな?」
「知っているのか!?」
僕はテーブルを叩いて立ち上がる。
「お前をここまで運んできたあいつが『風の神将』だよ」
「なんだって!!」
「……本当に知らないでやり合ったみたいだな」
「奴は何処にいる!」
マスターに詰め寄る。
「聞いてどうする?」
「奴を倒して名を上げる!」
すると彼は深い溜め息をつき、首を横に振る。
そして先ほどの温厚なイメージとはかけ離れた鋭い殺気を含んだ目で僕を見た。
「くだらないから止めとけ」
「くだらない……だって……」
「当たり前だ」
彼はゆっくりと立ち上がり僕の前に立つ。
「そんなにやりたいなら俺が相手になる。この俺『地の神将』がな」
「お前も『神将』か!」
僕はその顔面目掛け殴りかかる。
だが紙一重でかわされ、鳩尾に膝蹴りを貰う。
『風の神将』に殴られた痛みと重なり激痛が走る。
その痛みを庇うように前のめりになった時、右腕をひねり上げられ床にたたきつけられた。
床にうつぶせに倒れた僕の上に『地の神将』は乗ると、ひねり上げた右腕をさらに上に引っ張り上げる。
「ぐあ!」
「このまま右肩を破壊することも出来る」
そう言うと、本来曲がらない方へゆっくりと倒し、ある程度いったところで止めた。
「がぁぁぁ!」
「俺は夏樹ほど優しく無くてね……一発で気絶させるようなことはしないんだ。
このまま帰るなら筋だけで止めておく。だけどまだやると言うなら肩の骨を砕く」
上から冷たい声が聞こえた。
本能が「こいつは本気だ」と言っている。
「………」
「無言はまだやると言うことだな」
力が加わる。
その瞬間、僕は覚悟を決めた。
しかしある程度いったところで止めたまま動かなくなった。
そしてしばらくして、『地の神将』は僕の上から退きカウンターの椅子に座った。
僕は痛む右肩を庇うように彼から視線をあわせたまま立ち上がる。
「どう言うつもりだ」
「別に。ただ、夏樹からあまり手荒にするなって言われたのを思い出しただけさ」
彼は感情をあまり表に出さずにつまらなそうに言う。
「ふざけるな!」
「別にふざけてないさ。それにもう君の力じゃ俺達に通じないことぐらい分かってると思うんだけどな」
「あれは油断していただけだ」
「ふ〜ん」
『地の神将』は目を細めジッと僕を見る。
「それじゃ油断していなかったら対等にやり合えるとでも?」
「あたりま……う……」
彼の鋭い眼光で僕は言葉を最後まで言うことが出来なかった。
僕は耐えきれなくなり顔を背ける。
この時初めて理解した。
僕はこの人たちには絶対に勝てないと……。
それからしばらく二人の間に沈黙が流れる。
そして先にその沈黙を破ったのは『地の神将』だった。
彼は椅子から腰を上げると、カウンターに入っていく。
そして優しい笑みを浮かべながら僕を見た。
「なんか食べていくか?」
「え……?」
彼が何を言ったのか一瞬分からなかった。
「だから、何か食べていくかって聞いたんだ」
フライパンに油を引きながら言葉を繰り返す。
「昼前にここに担ぎ込まれてから今の時間まで気を失っていたんだ。腹も減ってるだろ」
「そんなわけ……(ぐ〜〜)」
ないだろと言おうとした時腹の虫が鳴いた。
『地の神将』は笑いながら「今作るからそこに座ってろ」と言う。
僕はそれに従い俯いたまま椅子に座る。
数分してチャーハンが出されると僕はそれを無言で平らげた。
それから小一時間ほど言葉を交わし店を後にした。

帰りの電車の中で今日の出来事を思い出して、自分が井の中の蛙だったとこと認識させられた。
「さてと……これからどうしようかな……」
まだらにしか乗っていない車内で僕は天井の蛍光灯を眺めながらつぶやいた。


数日後、僕は兄貴に呼び出され市内の喫茶店にいた。
「兄貴が僕に用事なんて珍しいね」
「お前に仕事を紹介したいと思ってね」
「仕事?」
僕は眉をひそめた。
勘当された僕に仕事ってどういうことだ?
「家の仕事じゃないぞ。俺の知り合いで服のデザイナーがいてな、彼がお前が以前描いたデザインを気に入ってスカウトしたいと言っていたんだ」
兄貴は一気に言うが、僕は半分聞き流すつもりで聞いていた。
「お前さえよければと思っているんだが……」
「今更……第一高校中退を雇いたいなんて奇特なところがあるわけないだろ」
「そうでもないぞ。実力さえあれば学歴は関係ないと言っていたしな」
「どうだかね……口だけじゃないの?」
僕は窓の外の風景を見ながら言う。
世の中そんなうまい話があるわけがないと言うの痛いほど知っている。
兄貴はそんな僕に軽く溜め息をついた。
(諦めたかな?)
そう思っていると、兄貴はたちが上がり「こっちで〜す」と誰かを呼んだ。
僕はその声につられるように振り向くとそこには……。

「あ〜〜! お前は!!」

思わず大きな声が出てしまった。
そこには先日僕を気絶させた『風の神将』がいたからだ。
「聖!」
兄貴が俺を注意するが俺はお構いなしに『風の神将』に近づく。
「坂本さんの弟って君だったのか」
彼はきょとんとした顔で言う。
「君だったかって何であんたが……」
「坂本さんから話は聞いてないの?」
「聞いたけど……」
「だったらそう言うこと、君さえ良ければだけどね。
そういえば自己紹介をしてなかったね。俺の名前は早瀬夏樹。H.I.Bデザイン部デザイン零課内『NAC ROOM』室長……って肩書きを持ってる」
と言いながら名刺を僕に渡した。

これが僕と夏樹さんとの出会いだった。


「あれ、聖を呼び出したのって坂本さんだったんだ」
僕たちが1階のロビーで話していると、夏樹さんが両手に荷物を持ってエレベーターの方から近づいてきた。
「久しぶりだね」
「そうですね。かれこれ1年ぶりかな?」
「いや、もっとだろ」
「そんなに経ちますか」
夏樹さんと兄貴は挨拶を交わす。
「夏樹さんの用事はもう終わったんですか?」
「この荷物が証拠だよ」
いかにも重いんだぞと言いたそうな顔で言う。
僕は何と言っていいか分からず「ご苦労様です」と返した。
「そだ、昼飯でも一緒にどう?」
夏樹さんは思い付いたように僕たちを誘った。
「そうだな……おごりか?」
「割り勘」
「それもそうか」
「聖も来るだろ」
「もちろんです」
僕は笑顔で答えると夏樹さんはニヤリと笑った。
「だったら半分持て!」
「え〜〜〜〜」
文句を言う間も与えず僕に荷物の半分を押しつけてきた。
「さぁ行こうか」
「そうだな」
二人はとっとと玄関の方に歩いていく。
僕は顔を引きつらせながら、夏樹さんに押しつけられた荷物を持つと後を追った。



Fin


<あとがき>
絵夢「今回は聖君の過去話です」
恵理「登場キャラ男ばっかり……」
絵夢「こう言う時もあるって」
恵理「まぁそれもありなのかなぁ……」
絵夢「そうそう(^^)」

恵理「それにしても聖君って不良さんだったんだね」
絵夢「そが今では立派に更正して夏樹と真奈のおもちゃに」
恵理「いいのか悪いのか……(^^;」
絵夢「いいんでない?」
恵理「う〜〜ん」

絵夢「であまた次回まで」
恵理「おったのしみに〜」
絵夢&恵理「まったね〜」