NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー



H.I.B本社ビル6階。
そのエレベーターロビーの近くにある休憩所で俺−早瀬夏樹はベンチ(?)に座って休んでいた。
なぜベンチに(?)を付けたかというと、どう見ても応接室に置くようなソファーだからだ。
恐らく上のフロアから持ってきた廃品をそのまま利用したに違いない。
まぁこれはどうでもいい話だな。
とにかく側にあるコーヒー専用の自販機のいれるコーヒーはタカのよりはまずいが、自分で入れるよりかはいくらかマシなので、結構利用していたりする。

このフロアには商品開発部とデザイン部があり、それをまとめているのがご存じ田所さんというわけだ。
田所さんはもともとデザイン部の部長だったんだけど、商品開発部のハゲ(部長)がデザイン部を敵に回して更迭され、その結果彼女が二つの部の部長を兼任することになった。
田所さんは部長と呼ばれるのが嫌らしく、デザイン部部長の時から必ず「主任」と呼ばせている。今では「統括主任」か……。
そこに何らかのこだわりでもあるのかも知れないけど……細かいことだよな(^^;

商品開発部の仕事はデザイン部の俺にはよく分からないが、良く出入りしている企画課や試作課があるから名前通りの仕事をしてるんだろうな、きっと……。
俺が籍を置いているデザイン部は大きく婦人服専門の一課『Maries ROOM』、子供服専門の二課『C-Key ROOM』、紳士服専門の三課『KAING ROOM』の三つの部屋に別れている。
一つの部屋の人数はだいたい10人前後らしいが、これも良く知らない。
何故かというと俺はその何処にも属していないから。
俺はある特定の服のデザインのみをしている専門服部門の零課に属している。
そこは一人一人個室を与えられ、ある特定の服だけをデザインする特別の場所でもある。
ちなみに俺の部屋の名前は『NAC ROOM』。
専門は『制服』。
企業や飲食、果ては学校まで『制服』と名の付く物はすべてやっているある意味何でも屋……かな?
そのせいか、他の専門の人間は中の仕事が多いのに対して、主に外からの依頼が多い。
その窓口になっているのが田所さんなんだが……こっちのスケジュールを考えて取ってもらいたいものだ(-_-;

話は最初に戻すけど、と言うわけで俺は仕事の追い込みからの現実逃避でここにいたりする。

「夏樹君だ〜!」
元気な女性と呼ぶにはあまりにも幼い声が俺を呼ぶ。
そちらを向くと恵理よりも低く、ショートカットの女の子が紙コップを片手に歩いていた。
服装はまだ9月という事もあって、薄目の長袖シャツで裾を出し、ミニスカートとニーソックスと言う、そのまま街を歩かせたら絶対にナンパか補導員に捕まりそうなイメージだ。
彼女の名前は早乙女真奈。俺と同じ零課で、水着やスキーウェアなどのデザインのしている『M's ROOM』の住人。
見た目は10代……下手したら中学生にしか見えないが、実はこれでも俺よりも年上なのだ。
だから先ほど『女性』と言ったんだけど、物には限度という物があると思う。
「真奈さんも休憩?」
「うん、そうだよ〜。でも会うの久しぶりだよね〜」
「そうですね。1ヶ月……もっとかな?」
零課の人間は滅多に顔を合わせることはない。
何故かというと、自宅勤務がほとんどで会社にいても部屋にこもっている事が多いからだ。
「うんうん。早瀬君がいるって事は今日は3人とも全員揃ったってことだね」
零課は真奈さんの言うとおり全部で3人しかいない。
「揃ったって……聖もいるんだ?」
「うん、もうすぐ来るよ。と噂をすればなんとやら」
そういう彼女の視線の先に、線の細い美少年……と言ったら二十三歳の彼には悪いが第一印象がそれのため仕方がない……。
彼の名前は坂本聖(ひじり)。『SEI ROOM』で主に浴衣や晴れ着など和服と言われる服のデザインをしている。
洋服がメインのこのH.I.Bで和服と言うのは非常に珍しいが、会社にとっては重要な部門の一つでもある。
「あ、夏樹さん。お久しぶりです」
「ああ、久しぶり」
「もう真奈さんもそうならそうと言ってくれればいいのに、人が悪いなぁ」
「そんなこと言ったって私だってここに来て初めて知ったんだからしょうがないじゃない」
真奈さんは口を尖らせて抗議する。
本当にこの人は三十路を超えてるのか?
「そうなんですか?」
聖は俺に聞いてきた。
「そうだよ」
「真奈さんの言ったこと本当だったんだ」
「本当だったってお前なぁ」
「だって聞いてくださいよ。真奈さんは会うたびにいつも僕のことをおもちゃにして……」
「聖く〜〜ん」
こめかみに怒りマークが見えそうな真奈さん。
それを見て聖は逃げようとするが、その前に捕まりこめかみに拳をグリグリ押しつける。
なんか二人に会うといつも見る光景。
仲の良い姉弟の喧嘩と言う言葉がよく似合うと思う。
しかし彼は口は災いの元だと言うことを知らないのだろうか。
「夏樹さ〜〜ん、助けてくださ〜〜い」
聖は手を伸ばして俺に助けを求める。
「そのぐらいにしたら?」
「そうね。今日はこのぐらいにしておきましょう」
俺の言葉に聖を解放した。
聖はまだ痛いのかこめかみを押さえて呻いている。
「……真奈さん、やりすぎ」
「手加減したつもりだったんだけど……」
そう言いながら真奈さんは笑って誤魔化し……いや、本気で笑ってる。
こういう人なんだよ、この人は……(-_-;

休憩所の隣にある自販機でそれぞれ好きな飲み物を買ってから俺達は近況を交えながら話し込んだ。
「そう言えば聞きました?」
聖が思いだしたように言う。
「「何を?」」
「新しいROOMを作るって話ですよ」
「へぇ……」
「初耳だね」
「まだ噂の段階ですけど、どうやらH.I.Bがブライダル方面にも手を出すらしく、それに絡んでと言う事みたいです」
「ブライダルって事は……ウェディングドレスとかか?」
「でもドレス系って今まで『Maries ROOM』の担当でしょ」
「もともとドレスはおまけみたいな物だったからそれをきちんとした形にしたいと言うのが上の考えかも知れないですね」
俺はコーヒーに口を付けた。
「聖、それってどこから仕入れた情報だ?」
「三つの部屋の人から田所さんが探しているみたいなこと聞いたんです」
「そうなんだ……」
「だとしたら確実だね。そうか……ウェディングドレスかぁ」
真奈さんは未だに結婚を夢見ているようだ。
年を上に誤魔化すのにメリットは無いと思うけど、どう考えても誤魔化しているとしか思えない(^^;
「夏樹君、何?」
彼女の様子に少し呆れ気味だった俺に突然聞いてきた。
「別に……」
下手なことは言えないので簡潔にそう答える。
「なら良いけど……」
真奈さんもまた簡潔に答えた。
「二人ともなんか怖いです」
もう少しで緊迫した空気が流れようとしたとき、聖がやや怯えた様子で言う。
「聖君ってば、怯えちゃってどうしたの?」
ガラリと声色を変えて後ろから聖に抱き付いた。
「ま、真奈さん!?」
「よかったな聖、そんな可愛い娘に抱き付いてもらって」
「そ、そんなぁ!」
「なによぉ。聖君は不満なのぉ」
「そんなつもりじゃないけど……その……」
「聖は女性に対して免疫が無いからなぁ」
「そうか。だったら今夜は私が……」
「え?え?え?え?」
真奈さんは聖の耳元で色っぽい声を使ってつぶやき、彼はこれ以上ないぐらいに混乱している。
「夏樹さ〜ん、見てないで助けてくださいよぉ」
「と言っても、彼女いないんだし姉さん女房でも別に良いんじゃないのか?」
「それに見た目年下だしね」
「そうそう」
「そんなぁ(;_;)」
あ、本気で泣きそう……。
俺は真奈さんにそのことをアイコンタクトで伝えると、彼女もすぐにそれを理解したらしく聖を解放した。
「ううううう………(;_;)」
これはやりすぎたかなと思い、俺と真奈さんは互いに肩をすくめた。

少し経って聖が落ち着いた所を見計らって話を再開した。
「話を戻すけど、正式に私達の所に部屋の新設の話が来ないことを見ると、まだ本決まりじゃない……つまり噂のレベルに過ぎないんでしょ」
「それを言ったらそうなんですけどね」
「まぁ田所さんの出方次第って事だな」
「本人に聞いてみる?」
「あの人が言うと思う?」
「「思わない」」
「まぁそう言うことだな」
3人とも彼女の口の堅さは知っているため、思わず頷きあう。
「そう言えば今、思い出したんだけど、夏樹君知ってる?」
「何をですか?」
「ほら、夏樹君が夏に使わせてもらった保養施設の近くに教会があるって事」
「全然」
「何を見てきたの?」
「森とか湖とか」
真奈さんは深い溜め息をついた。
「大切な物を見てないんだね」
「色々と大変だったもんで……」
思わずあの時の騒動を思い出した。
「何があったんですか?」
「だから色々……」
その答えに聖は「はぁ」と言うだけだった。
「その顔から色々あったのは認めよう。で、教会なんだけど」
「「うん」」
「保養施設と同時期に出来たらしいの」
「それって偶然でしょ」
「僕もそう思います」
「私もそう思うんだけどね。でも聖君の話を聞いたら、ちょっとね……」
真奈さんは少しだけ真剣な表情になる。
「いくら何でもうちがそこまでやるとは思えないし」
「そうだよね」
でも俺の否定的な言葉ですぐに破顔する。
「噂は噂って事にしておこうか」
「うんうん」
俺達二人が結論を出そうとしていると、聖が何か思い出していた。
「聖、どうした?」
「噂と言えば、夏樹さんってすっごく年下の彼女と同棲してるって聞いたんですけど、本当ですか?」
「それ、私も聞いたことある。どうなの?」
「え、してるけど?」
「「…………」」
あっさり肯定する俺に二人は言葉を失ったようだ。
そして……。
「そんなにあっさり答えなくても」
「いいなぁ……」
真奈さんは少し涙目、聖は本当に羨ましがっている。
「ってそんなこと言われても……」
「「夏樹君(さん)、いい人紹介して(下さい)」」
「あのなぁどうすればそう言う結論に達するんだ?」
「いえね、あっさり答える夏樹君がちょっと羨ましくなって」
「僕も……」
「はぁ……だったら互いにどうなの?」
「「…………」」
俺の言葉に互いの顔を見合う。
「「ごめんなさい」」
「…………」
この瞬間、恋愛ごとに需要と供給が一致しないと言うことを目の前で確認できたと思った。
「まぁ出会いなんていつでもあることだし、そのうちにいいこともあるんじゃないのか?」
「そうだね、よしがんばろ」
「僕も頑張る」
そう言いながら互いにエールを送りあう二人にやや呆れてしまった。
「さて、長話もこの辺で仕事に戻るよ」
その言葉に真奈さんは時計を見た。
「え……あ、ほんとだ。仕事に戻らないと……」
「もうこんな時間だったんですね」
「だったら一緒に戻りますか?」
「「おお!」」
片手を上げて陽気に答える二人であった。


約1年後、俺達の中で噂として片づけた話は『ブライダルプロジェクト』として真実であり、教会もその一環で建てた物だと言うことが判明。
そして、『Maries ROOM』から零課の新たなメンバーとして意外な人物が選ばれることになるが、それはまた別の話である。



Fin


<あとがき>
絵夢「久々にサイドストーリーです」
恵理「もっと前に書けば良かったのに……」
絵夢「一つの事(LS)に集中すると、他の話(SS)が書けなくなるので(^^;」
恵理「この話に出てきた真奈さんと聖君は今後も出てくるの?」
絵夢「今回限りのゲストの予定だけど、ストーリーによっては再登場もあるかも。でも聖は出てくる可能性大かな?」
恵理「それは楽しみ(^^)」

恵理「ところで新シリーズはまだ?」
絵夢「まだ!」
恵理「いつになるの?」
絵夢「さぁ……しばらく先だね」
恵理「う〜〜〜〜」

絵夢「それではまた次回もサイドストーリーでお会いしましょう」
恵理「ではまったね〜」