NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

早く起きた日


平日の夢園荘の朝はいつも慌ただしい。
でも女の子が8人(約1名、三十路に近い者もいるが)も住んでいれば当然と言えば当然かも知れないです。
それに私もその中の一人。
朝の喧騒の一端を担っているのも事実かも知れません。
でも今日はいつも一番最初に出かける双子の美亜さんと里亜さん達よりも早くに夢園荘を出ました。
特に理由なんて無いのですが……そう言う気分だったからかな?

私は葛城唯菜、今度の誕生日で18歳。
で、現在高校2年生です。
何故かというと1年ほど病気で休学していたのでこうなっているんです。
小さいときから病気がちだったせいか、今でも両親が心配性でこの夢園荘で1人暮らしをするに当たっても説得に一苦労……本当に困りものです。
ここで彼氏なんか紹介したら卒倒するかな?

朝のすがすがしい空の元、ゆっくりと学校へ向かう私。
時間はまだ7時過ぎ。
この時間だと、同じ学校に通っている私の両隣の人たちはまだ寝てるかな?
正確には右隣の302号室の榊由恵さんと、101号室で管理人さんと新婚生活(?)をしている樋山恵理さんですが……。
由恵さんは起きてるにしても、絶対に恵理さんは寝てますね。

学校に着くと、グラウンドの方からはいろんな部活の早朝練習の声が聞こえてくる。
私はその声に耳を傾けることなく、昇降口で靴を履き替え自分の教室に向かった。
そして教室のドアを開けると、やはり誰もいなかった。
当然ですね、やっぱり(^^;

「おはよう。唯菜さん、早いね」
8時ちょっと前に、クラスメイトの前島若葉さんが登校してきた。
彼女はクラス委員をやっていて、毎日このぐらいの時間に来るらしい。
若葉さんとは2年生になってから知り合いました。
はじめ年齢的に一つ年上の私に対して、他の人たちはやや遠慮がちに接していたのですが、若葉さんだけは何というかごく普通に接してくれました。
それから私達は親友と言う関係になったのですが……。
「おはよう。今日はそう言う気分だったもので」
「そうなんだぁ。たまにはそう言う日もあるよね」
「はい」
私はニコリと微笑んだ。
すると、若葉さんはなぜか頬を少し赤らめた。
そして数瞬後、彼女は突然慌てたように、聞いていないのに昨日下校の時に会ったことを話し始めた。
このごまかし方は……やっぱりそうなのね……。
私、ちゃんと彼氏がいるからごめんなさい。
心の中で謝ったところで伝わるわけもないし、かと言って口に出せるわけないし、本当に難しいです。
そんなこんなで私達が話していると次々とクラスメイトが登校してきて挨拶を交わす。
毎朝のいつもの光景。
でも普段の私はもう少し遅いんだけどね(^^;
「ところで今日は静かだと思わない?」
「?」
「上」
若葉さんは天井を指さしながら言う。
それはこのクラスの上の3年の教室。
恵理さんと由恵さんのクラス。
「言われてみれば確かに静かですね」
時計は8時半。
予鈴が鳴るまであと15分と言った所だ。
この時間になればどのクラスもほとんどの生徒が登校しており、学校全体がにぎやかなのは当然だけど、その中でもひときわにぎやかなクラスというかコンビがいた。
それが上の教室の恵理さんと由恵さん。
とにかくいつも何をしてるんだろうと思うほどにぎやかな声が天井から窓から聞こえてくるの。
それがなぜか今日は静かだった。
「どうしたんでしょうね」
「一緒の所で暮らしてるのに分からないの?」
「一緒と言っても部屋は違いますし、夢園荘を出る時間も違いますから」
「そっか……ところで唯菜さん!」
突然、若葉さんが何かを思いだしたように机に身を乗り出してきた。
「3年の樋山先輩と夢園荘の管理人さんが付き合ってるって噂、ホント?」
「な、なんですか? いきなり……」
「いや〜『夢園荘』って聞いて思い出したの。結構噂になってるんだよ」
「そうなんですか?」
「うんうん、そうなの。
ほら管理人さんって格好いいでしょ、だから結構ファンが多いんだよ」
「はあ……」
管理人さんにファンがいたなんて知らなかった。
でも言われてみればちょっと格好いいかもしれないですね……。
「それでよく樋山先輩と一緒のところを見たって話を良く聞くから、真実はどうなのかなぁってね」
「んっと……管理人さんと恵理さんは付き合ってるよ」
一応、同棲してる事は隠しておいた方が良いですね。
校則でも男女交際は禁止してないから隠す必要は無いかも知れないけど、やっぱりね。
「そうなんだ」
「若葉さんも管理人さんのファンなんですか?」
「私は違うよ。こう見えても面食いですから」
「それ、なんか使い方間違ってる気がしますよ」
「そ、そうかな?」
「はい」
「ま、まぁそれはおいておいて……(^^;
そっか、やっぱり付き合ってたんだ」
「管理人さんは有名なの?」
「『有名なの?』って当たり前じゃない。喫茶ノルンのマスター同様に隠れファンが凄く多いんだから」
「そ、そうなの……(^^;」
「うん」
なんかよく分からないけど力説する若葉さんに圧倒されてしまった。
「それにしても詳しいですよね」
「私ぐらいの情報通になれば当然よ」
「はぁ……」
その時、チャイムと同時に先生が入ってきて、その場はお開きとなった。
……あれ、予鈴っていつ鳴ったのかな?

そして何事もなく時間は進んだ。
本当に何事もなく……。
普段なら、休み時間ごとに上のクラスからにぎやかな声が聞こえるのに、今日は未だにそう言った声が聞こえてこない。
不思議に思った私は昼休みに恵理さん達の教室に行ってみることにした。
でもいざ教室の前まで来ると少し抵抗がありますね……。
「あら、うちのクラスに用事かな?」
扉のすぐ側の人が、私に気づき声をかけてくれた。
「あ、えっと……樋山先輩か榊先輩をお願いします」
「恵理か由恵? うん、いいよ。
恵理〜〜〜、お客さ〜〜んだよ〜〜!」
教室の中で友達と談笑している恵理さんを大声で呼んでくれた。
ただ、私からは死角になって中の様子をあまり見えない。
「ん?」
「お客さんだよ」
「お客?」
恵理さんの声に私はひょいと中に顔を覗かせる。
「恵理さん、こんにちわ」
「なんだ、誰かと思ったら唯菜だったんだ。どうしたの?」
「いえ、ちょっと……あの、由恵さんは……」
「由恵は今日は欠席なの」
恵理さんは何故か私の問いに心底残念そうな顔をして答える。
「どうしたんですか?」
「唯菜、聞いてよ。コンビは二人いてコンビなんだよ。
それなのに休むなんて酷いと思わない?」
「あ、いえ、それは……」
「まったく、私の毎日に日課が狂っちゃうじゃない」
もしかして、毎日にぎやかな理由ってこれなの?
「それはともかく、唯菜は気づかなかったの?」
「私は今日は早かったので……そう言う恵理さんはどうなんですか?」
「あはは、いつもぎりぎりの私が気づくわけないじゃない」
「はははは……(^^;」
もしかしてこれは開き直ってるのでしょうか?
「開き直ってる訳じゃないけど、事実だしね。事実は事実として認めなきゃ」
「そ、そうですか……」
「それはともかく、帰りにちょっと付き合ってくれない?」
「え?」
「お・み・ま・い。
なんか休んだ理由が風邪らしいの」
「そうなんですか?」
「1限目の間に夏樹さんに電話で聞いて確認したから間違いなし」
「電話でって……」
「丁度、出かけるところでタイミング良かったの」
「良かったですね」
「うん!
ところで、お見舞い買いに行くのどうする?」
「そう言うことなら私も行きます」
「OK。
それじゃ放課後、正門のところで待ってて」
「はい」
「それじゃあ……そろそろ予鈴が鳴るからまた後でね」
「分かりました。それではまた後で」
そして簡単に約束を交わすと私はその場を後にすることにした。

放課後、正門の前。
やっぱりと言うか予想通りと言うか、私の方が先に待ち合わせ場所にいた。
20分ぐらい待っていると、「お〜い」と昇降口の方から走ってくる恵理さんの姿。
「ごめ〜ん、待った?」
「いえ、それほどでも……」
「やっぱり待たしちゃったよね。掃除当番だったのすっかり忘れてたの」
「気にしないでください」
「そう? ありがと」
恵理さんは嬉しそうに私に微笑んでくれた。
「さて、お見舞いでも買いに行こうか」
「はい」
「じゃ、れっつご〜!」
なんか楽しそうな恵理さんと一緒に駅前の商店街へ向かうことになった。
最初にケーキ屋さんでお見舞いを買った後、夕飯のお買い物も一緒にすると言って、ケーキの入った箱を私に預けて、恵理さんは八百屋さんや魚屋さんなどが立ち並ぶ一角へを歩いていった。
そこは買い物をする人たちでごった返していて、私は恵理さんから離れないようにするだけで精一杯だった。
恵理さんは商店街で有名なのかあちらこちらから声をかけられ、店によってはサービスとかもして貰っているみたい。
時間にしてどのくらいか分からないけど、買い物が終わって商店街を抜けたときには太陽が大分傾いてた。
「う〜〜ん、やっぱりケーキは最後の方が良かったかも知れないね」
「でもあのケーキ屋さんは無くなるのが早いですから……」
「そうだよね。人気があるのは良いんだけどもう少し品数増やして欲しいなぁ」
「やっぱりそうですよね。
でも恵理さんって凄いんですね」
「?」
「お買い物です。なんかいろいろサービスして貰ったりして……」
「ああ、あれは慣れだよ。私、この街に来てからずっとあの商店街を利用してるし、それに夏樹さんと一緒に買い物したときにいろいろと教えて貰ったりしてるから」
「それでなんですね」
「うん。
あ、そうだ。あとで商店街攻略法を教えてあげようか」
「いいんですか?」
「もちろん。だって唯菜って料理できるんでしょ。だったらなおさらじゃない?
年下の彼のために、ね」
瞬間、私は顔が熱く真っ赤になったのを感じた。
「え、え、え、恵理さん!」
「だって彼ってもうすぐ高校受験でしょ。
だったらなおさら栄養のある物をごちそうしてあげなきゃ。
……あ、でも栄養がつきすぎてそのまんまってことも……」
「恵理さん、いい加減にしてください!」
「あははは、もう冗談だって」
「冗談でも言って良いことと悪いことがあります」
「ごめんね」
恵理さんはそう言いながら両手を合わせてウィンクしながら謝る。
まったく……。
「わかりました。もう良いです」
「ありがと。でもさ、本当にその彼のこと好きなんだね」
「またそうやって話をぶりかえ……」
その時、恵理さんはさっきまでの子供みたいな表情ではなく、大人の優しい顔をしていた。
そんな恵理さんに私は言葉を失った。
「その恋、大切にしないとね。頑張ってね」
「う、うん……」
「じゃ、早く帰って、今頃飢えてるはずの由恵に餌をあげないとね」
「あ、はい!」
気づくと夕日はさらに傾き、当たりはやや薄暗くなってきていた。

一応暗くなる前に夢園荘に戻った私達は入り口でいったん別れ、お見舞いのケーキを持って私が先に由恵さんの部屋に向かうことになった。
恵理さんはなんでも少し準備をしてから行くと言うことらしい。

”ぴんぽ〜ん”
数瞬、間があって中からかすれた声。
ゆっくりと鍵が開き、ドアが開くとそこにはいかにも辛そうな由恵さんの姿があった。
「なんだ、唯菜か……」
声にはいつもの元気が無い。
「風邪で休んでると聞いて、お見舞いを持ってきたんですが……」
「お見舞い?」
「はい、駅前のケーキ屋さんのケーキです」
「ありがとう。ちょっと上がってく?」
「でも……」
「今日1日寝てたから、大分良くなったの。
それよりも朝から薬飲むためにパン1枚しか食べてないから、お腹空いちゃって……」
どうやら元気がないのは病気のためではなく空腹のためみたい……。
なんか由恵さんらしいです。
「では少しだけおじゃまします」
「どうぞ、どうぞ」
由恵さんに促されて部屋に上がろうとしたとき、恵理さんがゆきひらを持って階段を上ってきた。
ゆきひらの蓋の穴から湯気が出ている。
「あれ、元気そうじゃない?」
「それなに?」
「お粥。どうせ由恵のことだから朝から何も食べてないんじゃないかな〜〜ってね」
「失礼だなぁ。ちゃんとパン1枚食べてる」
「……それを食べてないって言うんだよ」
「私も恵理さんの言うとおりだと思いますよ」
「う……そうなのかな……」
「「うん(はい)」」
「あ、あは……そんな二人一緒に言わなくても……」
「とにかく、いつまでもこんな所にいたら悪化しちゃうから中に入ろう」
「そうですね。由恵さん、早くです」
「あ、うん」
私達に促されるままに由恵さんは部屋に戻り、私達もそれに続いた。
部屋の中に入るとリビングの隅にやや乱れた感じで布団が敷いてあった。
「由恵さん、ここで寝てたんですか?」
「うん、と言うか私いつも下で寝てるから」
「ロフトは?」
「物置」
「そう言うのって由恵らしいな」
「どういう意味よ」
「別に意味なんて無いよ。
それよりも冷める前にお粥をどうぞ。唯菜、テーブルをお願い」
「はい」
私が壁に立てかけてあるテーブルを布団の邪魔にならないように置くと。恵理さんがずっと持っていたゆきひらをその上に置いた。
そして一緒に持ってきたお茶碗にお粥をよそうとレンゲと一緒に由恵さんに差し出した。
「大丈夫?」
「あのねぇ……」
「あははは、ごめんごめん。それでは頂きます」
「どうぞ」
由恵さんは一口二口と口に運ぶ。
「美味しい。ちょっと味薄いけど……でも美味しい」
「ありがとう」
「恵理って料理上手だったんだねぇ」
「だから〜私だってちゃんとやってるんだからね」
「怒らない怒らない、ところで恵理、ここに来て夏樹さんは良いの?」
その言葉に恵理さんがすこしふさぎ込んだ。
「それがね……実は今日はデザインの仕事で泊まり込みなんだって」
「あ、それでここに来たの?」
「そんな感じ。唯菜、このあとあなたの部屋に行くね」
「え?」
「だって一人でご飯食べても美味しくないからね」
「あ、そう言うことなら……」
「では決まり、早速唯菜の部屋に行きましょう」
「ちょっと恵理……」
「私達があまり長居して悪化させたりしたらダメでしょ。
だから由恵はそれを食べて、薬を飲んで寝なきゃ。
風邪は治りかけが一番肝心なんだからね」
恵理さんは優しい口調で言う。
その時の表情は帰り際に私に見せてくれたあの時の顔を同じだった。
「うん……これはどうする?」
「あとで取りに来るよ。明日、届けてくれても良いし」
「うん、分かった」
「じゃ、お大事にね」
「由恵さん、お大事に」
「二人ともありがとう」
「うん」
「それではこれで」
私達はそう言い残すと由恵さんの部屋を後にした。
「ま、あの調子なら明日に大丈夫だね」
「そうですね。あの恵理さん……」
「何?」
「少し変わりました?」
「誰が?」
「恵理さん」
「私は変わってないよ。なんで?」
「なんとなく……夏前と雰囲気というか何というか……」
「ん……色々あったからね」
恵理さんは少し遠くを見ながらつぶやく。
でもそれは一瞬ですぐに元の笑顔に戻って私を見た。
「でも私は私だよ」
「そうですか。それなら良いんですけど……」
「唯菜ちゃん」
「なんですか?」
「彼氏との進展具合、教えてね」
「え?」
この瞬間、私はしまったと思った。
最初からこれが目的で私の部屋に行こうと言いだしたんだと分かったから。
やっぱり恵理さんは恵理さんだと再認識したけど……。
「いえ、それは……」
「さ〜て、夜は長いし、時間はあるからね〜」
「だからそれは……」
それから私の抵抗むなしく、一晩中彼のことそして彼とのことを話すことになりました。
うう……恵理さんには隠し事出来無し、誘導尋問が上手すぎますよ〜(涙)


<おまけ>
303号室の住人のコメント
「唯菜は恵理の性格をまだまだ把握してないね」



Fin


<あとがき>
絵夢「というわけで今回、貧乏くじを引いたのは唯菜でした」
恵理「貧乏くじってあのねぇ」
絵夢「久々に出来てきてオチで恵理に彼氏のことを根ほり葉ほり言わされる……これを貧乏くじと言わずに何と言う(笑)」
恵理「あのねぇ(^^;」
絵夢「まぁまぁ」
恵理「ところで、唯菜の彼氏ってどんな子なの?」
絵夢「現在中学3年生の普通の男の子」
恵理「いや、そう言う事じゃなくて……」
絵夢「これ以上は企業秘密」
恵理「………実は考えてないでしょ」
絵夢「そう思う無かれ。実はちゃ〜〜と考えてあるのだよ。だけど書く機会無いぞ(笑)」
恵理「おいおい」

絵夢「ではそう言うわけで」
恵理「また、強引にしめようとする……また次回も」
絵夢&恵理「おたのしみに〜」