NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

左手の思い出


夜9時過ぎ。
俺−鷹代高志は一日の疲れを癒すようにリビングでブランデーを飲んでいた。
いつものように7時に店を閉め、卯月が作ってくれる温かい夕飯を食べ、風呂に入り今に至る。
考えてみれば卯月が来てから生活に”ゆとりと潤い”と言うのが出来たのかも知れないな。
グラスを軽く傾け琥珀色の液体が揺れる様を眺めながらそう思う。
そう言えば、夏樹は酒を飲まないな……酔うとどうなるか見てみたい気もするな。
「独り言ですか?」
「ちょっとな……」
風呂から上がりパジャマに着替えた卯月がテーブルを挟んで座る。
湯上がりで上気した肌とかすかに水分を含んだ髪が色気という物を出している。
高校生なんてまだまだ子供だと思っていても、実際こうしてみると十分『女』を感じる。
って俺は何を考えてるんだ!
そうでなくても『未成年に手を出した』と言う事実で良心を痛めてるのに……。
「高志さん……変……」
「え……あ、ごめん」
この件についてはあとで夏樹に相談しよう……。
「で、何を考えていたんですか?」
「夏樹のこと」
「夏樹さん? ……はっ! もしかして高志さん、私に飽きて夏樹さんの所に……」
オーバーアクションで泣き崩れる卯月。
「おい、なんでそう言う結論に達するんだ!」
「もう、冗談ですよ。高志さんがそう言うことをする人じゃないって事ぐらい知ってますから」
ったく……これって夢園荘の影響だよな。
「それで夏樹さんがどうしたんですか?」
「あいつに酒を飲ませたらどうなるかなぁって」
「飲めないんですか?」
「ああ」
「へぇ、意外ですね」
素直に驚いている。
確かに夏樹はどちらかというと飲みそうなタイプだからな……。
「ところで卯月も飲むか?」
「普通、未成年にお酒を勧めますか?」
「酒って中学に入れば……」
「二十歳からです!」
「それで飲まないの?」
「飲みません」
「なんだ残念」
「残念って……もう、高志さんてばそんな不良みたいな事を……」
「みたいじゃなくて不良だったんだけどな」
ふと彼女の反応が見たくなってそう言ってみた。
「またまた冗談ばっかり言って」
卯月は笑いながら言う。
……予想通りの反応か。
「だって高志さんが不良だったら、亜沙美さんや澪さんだって不良、夏樹さんに至っては相当な悪って事になりますよ」
「そう……なのか?」
夏樹、お前に印象は相当悪いようだぞ。
「ええ。確かに夏樹さんはいい人なんだけど、時々怖いときがあるから……。特にこの間の旅行で恵理一人に任せるためにみんなを止めた時とか……」
「……確かに否定は出来ないけどな……ははははは……」
思わず乾いた笑い。フォローが出来ない(^^;
俺は視線を手元のグラスに落とした。
そしてグラスの中で揺れる液体を見ている内にフッと笑みがこぼれる。
「だけど、あいつがいなかったら、俺はとんでもない人間になっていたのは確かだよ」
「え?」
卯月の疑問に満ちた声。
視線を落としているから顔は見えないが、真剣な顔をしてるに違いない。
「本当だよ……あれは中一の頃だな……」


人もあまり寄りつかない体育館裏にある倉庫の影。
「おらぁ! 出すもの出せよ!!」
俺の目の前で、たぶん同級生だと思われる少年が上級生2二人に殴られ、金を巻き上げられている。
俺はその光景をただ口をゆがませ笑いながら見ていた。
「どうだあったか?」
二人組が少年を立てなくなるまで痛めつけた頃を見計らって声をかける。
「鷹代さん、ダメですよ。全然持ってません」
一人が答える。
「そうか……だったらいつものようにな」
「「はい」」
二人は声をそろえて答えるが、俺はそれを最後まで聞くことなくその場を去ることにした。
『いつものように』と言うのはいわば脅しだ。
痛い目を見たくなかったら金を持ってこいと言う脅し。

10歳の時に手に入れた不思議なペンダント。
それは俺に強大な力を与えてくれた。
俺は手の入れた力で気に入らない同級生や上級生を叩きのめす。
中学生や高校生相手にも喧嘩を売る。
そんな毎日を過ごす内にいつしか学区内で俺に逆らう奴はいなくなり、気づくと番長の様な物になっていた。
10歳のガキが番長だ。はっきり言って笑わしてくれる。
それでも問題が大きくなるのはやばいと思い表向きは真面目を装った。
そして3年。中学に入学してから俺の生活は変わるわけは無い。
表は真面目、裏は喧嘩明け暮れ、弱いものからはたかりゆすり。
金回りも良いし、俺にとっては天国の毎日だった。

「ぐげ」
「ぎゃ」
立ち去ろうとした俺の背後から不可思議な声が聞こえた。
俺は不思議に思い後を振り向くと、あの二人が無様な格好で地面にはいつくばっていた。
そしてその側に眼鏡をかけた一見真面目風な少年が立っている。
「お前は確か……早瀬……」
こいつは同じクラスで秀才と言われている、はっきり言って一番気にくわない奴だ。
でもあんでこいつが……まさか二人はこいつにやられたのか?
「ふ〜〜ん……名前は覚えてくれてたんだ、鷹代くん。しかし……表向きは真面目で、裏では汚いことをしてるんだねぇ」
足下に転がる二人と、少し離れたところさっきまで痛めつけた板少年を見比べながら、まるで人を小馬鹿にしたような態度をとる。
「まぁいい、もともとお前は気にくわなかったんだ。丁度良い、ここで片づけてやらぁ!」
俺はペンダントの力を右拳に乗せ、早瀬に殴りかかる。
そしてその拳が早瀬の顔面にヒットしたと思った瞬間、早瀬の姿が消えた。
「!?」
「遅いよ」
次の瞬間、背後から声が聞こえ蹴り飛ばされた。
”ズサササササ”
蹴り飛ばされた俺は地面の上を5メートル近く滑る。
「『石』の力か……だけど正しく使っていない。むしろその力に溺れているみたいだね」
早瀬はまるで他人事のように淡々と言う。
だけどこいつ、ペンダントの事を知っているのか?
「あ〜〜面白そうなことしてる!」
「ちょっと澪……」
そこへ場の雰囲気と似つかわしくない女子二人の声。
「二人とも危ないからここには来ない方が良いぞ」
相変わらず早瀬は他人事のように言う。
「え〜〜なんで〜〜? 『石』を持つ人同士の喧嘩でしょ」
「だから興味本位で……」
「なんだ『石』の事、知ってるのか」
「私達、二人とも持ってるよ」
「そうか……」
「あ、そうだ。そこに転がってる3人を外に出した上で結界を張ってようか?」
「どうして私ってば巻き込まれるんだろう……」
なんか……俺を無視して話を進めてるな……。
「お前ら……」
「そこまではいいよ。次で決めるから」
「何だと!!」
無視され続けただでさえ切れそうだった俺は早瀬の言葉に完全に切れた。
再び『力』を拳に乗せ殴りかかる。
「馬鹿の一つ覚えが……」
早瀬がそうつぶやくと俺の視界から消え、次の瞬間、全身に激痛が走り口の中になま暖かい鉄の味を感じながら意識を失った。

気づくと俺はベッドの上にいた。
ぼ〜〜っとした頭で白い天井を見上げながらここが保健室だと気づくまで少し時間が掛かった。
「俺は……くっ!」
身体全身が悲鳴を上げるように痛む。
そうだ、さっきあいつに……。
頭がはっきりしてくるに従って仕切りのカーテンの向こうで男女3人がなにか話しているのに気づいた。
「へぇ、風の力か」
「早瀬くんって真面目な人って噂だったんだけど全然違うんだね」
「あまり目立ったことはしたくないんだけどね」
「だけど格好良かったよ」
「いつもあんなことしてるの?」
「今回みたいに目に余る連中を見つけたときだけだよ」
「正義の味方みたい」
「違うって。そう言う人種が嫌いなだけ」
「そうなんだ……」
「気に入った!」
「「?」」
「早瀬くん、あんたのことを今日から『夏樹』と呼ばせて貰うね」
「はぁ?」
「代わりにあたしのことを『澪』って呼ぶのを許す」
「澪、早瀬くん戸惑ってるよ」
「で、この娘のことを『亜沙美』」
「榊さん、なんでそうなるんだ?」
「だって同じ『石』を持つ仲間なんだからに決まってるじゃない」
「たったそれだけ?」
「十分な理由じゃない。ねぇ亜沙美」
「私に言われても……早瀬くんからも何か言ってやってくださいよ」
「君が言ってもダメな物を俺が言ってどうにかなるのか?」
「そんな冷静に言わなくても(^^;」
「まぁ呼び方云々とかそう言うことよりも問題は後ろだな?」
「「後ろ?」」
カーテン越しにでも3人の視線がこちらを見ていることが分かる。
「気が付いたなら出てきたらどうだい。鷹代くん」
その言葉に俺はカーテンをバッと開けた。
俺は早瀬を睨むが、相手は余裕からか全く意を介さない様子で受け流しているように感じる。
「俺をどうするつもりだ」
「別にどうするつもりも無いよ。第一そんなことしてもつまらないしね」
「………………………………」
「それから君には恐らくお咎めはいかないよ。もちろん俺達もだけど。そう言う風に裏工作したから」
「え、いつの間に?」
「あらかじめあの騒ぎの前にそうしておいたの」
「さっすがは夏樹」
「もうそう呼ぶのね……」
「当然!」
胸を張って偉ぶる澪と名乗った少女とそれを呆れたように見る二人。
俺には奇妙な光景にしか見えない。
が、損なことよりも早瀬の言った言葉の方が気に掛かる。
「貴様……それで恩を売ったつもりか……」
「まさか。ただ榊の言葉を借りる訳じゃないけど、同じ『石』を持つ者同士、仲良く出来たらいいと思ってね」
「『榊』なんて呼ばないで『澪』って呼んで。でも夏樹もそう言う風に考えてたんだ」
「君って話を脱線させるの好きでしょ」
「分かる?」
「何となくね」
さっきからこいつのお陰で空気がゆるみっぱなしに感じる……。
「ふざけんな! 貴様らと馴れ合うつもりは無い!」
「そう言うと思ったよ」
早瀬は笑いながら言う。
これはさっきの人を小馬鹿にした笑いじゃない。むしろこれからのことを楽しみにしているような笑いだ。
「だからいつにでも相手になるよ」
「上等だ、今から……」
「その前に身体を治してからにして欲しいな」
「な!?」
「あの時瞬間的に50発ほど叩き込んだんだ。骨には異常はないだろうけど、相当痛みを我慢してるんじゃないのか?」
こいつ……的確に見抜いてる。
「分かった。だけど身体が元に戻ったらその時は覚悟しろよ」
「いいよ。それまで左手だな」
早瀬は左手を俺に方に差し出す。
「?」
「休戦の証の握手」
「ふざけるな!!」
俺はその左手を叩くと、早瀬に一睨みし、保健室を出ていく。
閉めるドアの向こうから早瀬の「気むずかしい奴」と軽い調子の声が聞こえた。

その後、俺は早瀬に喧嘩を売ることはなかった。
あいつを知れば知るほど、自分がどんなに小さい人間だったのか思い知らされたからだ。
そして気づくとあいつのことを『夏樹』と呼ぶようになり、あいつも俺のことを『高志』と呼ぶようになっていた。
でも澪のせいで呼び名が『高志』が『タカ』と代わってしまったが……。
こうして後に四神将と呼ばれる早瀬夏樹、榊澪、川原亜沙美、そして俺、鷹代高志のカルテットが生まれた。


「はぁ……」
長い思い出話が終わって、卯月はただぽかんとしていた。
今の俺からでは想像も出来ない事だろうから当然の反応と言えば当然か。
「イメージが変わっただろ」
「う、うん」
「まぁそう言う時もあったって事だよな」
「でもすごい子供時代ですよね」
「そうだな。ホント、夏樹がいなかったらどうなっていた事やら」
「そうですね、夏樹さんに感謝しなくっちゃ」
「ああ」
俺達は互いに笑みをこぼした。

しかし、あいつは気にしてないようだけど、これは一生かかっても返しきれないほどの借りだよな。本当に……。



Fin


<あとがき>
絵夢「今回は、鷹代くんの過去のお話+四神将結成秘話です」
恵理「なんか凄い話ですよね。しかも意外な展開……」
絵夢「誰も想像してなかったでしょ。何と言っても数少ない常識人だから(笑)」
恵理「うんうん。でも良く更正しましたよね」
絵夢「元々真面目でたまたま手に入れた力に溺れただけだから更正も早かったんでしょう」
恵理「う〜〜む……」
(考え込む恵理)
絵夢「長そうだな、これは……ではそういうわけでまた次回もお楽しみに〜」