NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

二人の休日


私−水瀬卯月は2月11日建国記念日でお休みの今日、高志さんが中学時代の同窓会で出かけてしまい、お店が臨時休業になったので、私と同じように暇しているだろう友達の樋山恵理を訪ねて夢園荘に来ました。

何故、恵理まで暇だと思うかというと、彼女の愛しい旦那様(あの娘、こう言うと絶対に喜ぶんだよね)の早瀬夏樹さんも高志さんと一緒に同窓会に行ったからです。
あ、もちろん亜沙美さんと澪さんも一緒ですよ。4人とも同級生ですから。

私は二人の愛の巣(これも喜ぶんだよね……意外と単純かも(^^;)の夢園荘101号室の呼び鈴を鳴らす。
『は〜〜い』
中から元気な恵理の声。そしてドアを開け私の顔を見るなり途端にため息をつく。
「なんだ卯月か」
「酷い挨拶。せっかく暇してるだろうと思って遊びに来てあげたのに」
「確かに暇だけどね」
「夏樹さんが出かけていて寂しいのは分かるけどね。今の態度はちょっとキたぞ」
「う〜〜ごめん」
「ったく……中に入って良い?」
「うん、ちょっと散らかってるけど」
と言いながら私を部屋の中に通してくれた。

部屋の中は意外と片づいていた。
301号室に住んでいた時も片づいていた方だったけどそれ以上に綺麗だった。
なお現在301号室はこの娘の物置と化しているらしい(^^;
「へぇ。結構まめに掃除してるんだ」
居間のテーブルの所に座って部屋を見回しながら言うと、台所で飲み物を準備しながら恵理が答えた。
「そうでもないよ。休みの日ぐらいしか掃除できないから」
「平日は夏樹さんがやってるとか」
「そうかもしれなけど……夏樹さんだってそれほど暇じゃないし……」
「そうなの? でも夕方になるといつもお店に来るし、どう見たって暇にしか見えないよ」
「本人にそれを言ったら気を悪くするよ」
恵理は複雑そうに笑いながら、テーブルの上に私の分と自分の分のカップを置いた。
「コーヒーで良い?」
「あ、うん、良いけど……恵理ってコーヒー飲めるの?」
「一応ね。砂糖とミルクが無いとダメだけど」
「ははぁ……そこまでして飲むと言うことは夏樹さんの影響でしょ」
「う、うん……」
ちょっと照れた感じで頷く。
彼女はお店に来てもいつもオレンジジュースばかり飲んでいる。
過去に一度だけ夏樹さんの飲んでいたコーヒーを飲んですごく苦そうな顔をしていたので、どううやら根本的に苦いのはダメらしい。
でも夏樹さんと同棲を始めてから、そんな苦手なものであっても彼と同じ物が飲みたいと思ったようだ。
でもお店だと相変わらずオレンジジュースと言うことはまだ苦手なのか人前だと照れるのか……きっとその両方かも知れない……。
なんて健気で可愛い娘なんでしょう(^^)
しかし……本当に幸せそうな顔しちゃって、こいつはぁ……こっちまで照れるよ。
「良いじゃないのよぉ」
恵理はちょっとすねた感じで抗議する。
人の考えてることに突っ込みを入れるのは相変わらずだねぇ(^^;
「誉めてあげたんだから、すねないすねない」
「う〜〜〜〜」
まだ何か言いたそうだなぁ(^^;
「ところで夏樹さんとの新婚生活はどう?」
「し、新婚だなんて……」
手を合わせてもじもじとしている。
おいおい、本気で照れてるし……私でもここまで出来ないよ(^^;
私は笑顔が引きつるのを感じていた。
「なによぉ、卯月だって新婚じゃない」
「私はそこまでやりません」
「そんなにはっきり言わなくても……」
またすねる(^^;;
それにしても……。
「恵理……」
「ん?」
「夏樹さんと一緒になって変わったね」
「そう……かな?」
「うん、可愛くなったよ」
「そんなぁ、可愛いのは昔からだよ」
「そう言う事じゃなくて……何て言うか、凄くいい感じに見えると言うこと」
「?」
「気のせいかも知れないんだけど、今から考えたら前の恵理って余裕がなかったというか無理していた様な感じだった気がしたから……」
恵理は一瞬まじめな顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
「きっと気のせいだよ。私は全然変わってないもん」
「そう?」
「うん。強いて言うなら夏樹さんとの幸せな雰囲気をばらまいてるくらいなぁ?」
まるで『頭の中が春』の雰囲気だ(^^;
「で話しは戻すけど、新婚生活はどう?」
「えっと優しくして貰ってるよ」
「そうなんだ。まぁ普段から怒ってる所なんか想像できないけどね」
「でも最初は怖かったけどね」
「まぁ新しい生活が始まるわけだからね。でもあんたでも怖いと思うことがあるんだ」
「そりゃあるよ。でね、やっぱり初めては痛かったの。だけどだんだん良くなってきて……」
「ちょっと待て」
「何?」
「一体何の話をしてるの?」
「だから新婚生活でしょ」
「もしかしてあんたの言ってるそれって……夜の方?」
「え……」
途端に恵理の顔が真っ赤になっていく。
「やだもぉ、卯月ってば変なこと聞かないでよぉ!」
「あんたが勝手に言ったんでしょ!」
「だってぇ」
「ったく……」
しかしこの様子だとほぼ毎日やってる感じかな?
なんか月数回で我慢してる私が馬鹿みたい……(;_;)
「なんか卯月、性格変わってない? 昔の卯月ってそんなんじゃ無かった気がするよ」
「駆け落ち騒動からこっち自信がついたと言うか何と言うか……それ以上に恵理とかあと夢園荘のみんなとのつきあいが影響してると思う」
「そ、そうなの?」
「第一、駆け落ちをそそのかしたのは恵理なんだから」
「そそのかしたって、酷い言い方だなぁ。でも私が勧めたのは押し掛け女房だよ」
「それはどっちでも良いんだけど……(^^; でも感謝はしてる。あのおかげで内気だった私がここまで変われたんだから」
「だったらもっと感謝してぇ」
「はいはい」
私は少し呆れた感じで返事をした。
でも本当に恵理には心から感謝してる。彼女がいなかったら今の私は絶対に無かったのだから。
「また話は戻すけど、新婚生活初めてから毎朝大変でしょ。恵理って朝が弱いから」
「えっとぉ……」
遠い目をする恵理。
話を誤魔化そうとしているのが一目瞭然、本当にわかりやすい娘(^^)
「相変わらず寝坊してるんだね」
「ちゃんと起きて朝食の準備しようとは思ってるんだよ。だけど……夜は夏樹さんがなかなか寝かせてくれないから……」
「そこで夏樹さんのせいにするのは可哀想だよ」
「う゛……」
「でもそれだと朝は抜きなの?」
「夏樹さんがちゃんと作ってくれる……」
だんだん声のトーンが落ちてるよ(^^;
「で、でもね、休みの日の昼食とか毎日の夕飯とかはちゃんと私が作ってるんだよ」
急に声のトーンを上げて必死の弁解。
「掃除だって学校があるから休みの日しかできないけどちゃんとやってるし、お洗濯だって夜お風呂はいるときに一緒にやってし……私だってちゃんとやってるもん……」
再びトーンが落ちて、今度は少しいじけてる感じ(^^;
でもそんな彼女の様子がやっぱり可愛くておもわず笑みがこぼれてしまう。
「笑うこと無いのにぃ」
「恵理、ごめんね」
「そういう卯月はどうなの」
「私? 私は恵理みたいに朝寝坊じゃ無いから。お店の準備とかは高志さんに任せっきりだけど、その分家の中のことは炊事洗濯掃除とちゃんとやってますよ」
「そ、そうなんだ」
私に対する反撃の糸口が見つからないみたい。
でもホントのことを言うと料理だけは高志さんにかなわないの。だから密かに特訓中だったりもして……。
だけどすねた恵理ってば本当に可愛いかも(^^)
「なんか今、馬鹿にされた気がした」
「もう恵理ってば気のせいだよ」
「そうかなぁ」
「そうそう」
そう言えばこの娘の特技『モノローグ突っ込み』に対して普通に返せるようになったなぁ……。慣れかな?
「慣れかも知れないね」
「そっか」
……私ってば何を納得してるんだろう(-_-;
「ところで、恵理って夏樹さんに凄く依存してない?」
「そう……かなぁ……」
「うん、そう見えるよ。それが悪いって訳じゃないけど、前の恵理ってなんか『一人でも大丈夫』みたいなところがあったけど、今の恵理って夏樹さん無しじゃダメみたい感じがするから。もう少し距離置いても良いんじゃないかな? いくら好きだからってべったりって言うのも考え物だよ」
「それは……」
私の言葉に恵理は言葉をつまらせる。
それが少し気になったけどそれに構わず私は言葉を続けた。
「いくら好きだからって恵理には恵理の時間があるように、夏樹さんにだって夏樹さんの時間があるわけだから、その辺はちゃんとした方が良いと思うよ」
視線を下げてまるで次の言葉を探しているような仕草。
そして苦しそうに言葉を紡ぐ。
「だって……一人は……もう……嫌だから……」
「恵理……」
「私……あの時、怖かった……夏樹さんが……いなくなるって……目の前で……大切な人が……いなくなるのは……もう、嫌なの……」
「ちょ、ちょっと恵理……」
彼女のその表情は恐怖と悲しみの色に満ちていた。そしてその瞳から涙が零れ出す。
その涙を見たとき私は言葉をつまらせた。
私の何気ない言葉で恵理が泣くなんて思いも寄らなかった。
何とかなだめようと急いで恵理の隣に移動する。
「恵理、そんな泣かなくても……」
「絶対に……いやぁぁぁ!」
「ちょっとぉ」
恵理は私の服を掴むと顔を押し当てて本格的に泣き出してしまった。
「恵理ぃ」
その呼ぶ声に全く耳も貸さずただただ泣き続ける恵理。
私は困ったように仕方なく彼女を軽く抱きしめる。
その時、恵理が凄く小さく感じられた。
まるで小さな子供のように震えて泣き続けている。
私がさっき言ったこと……『前の恵理は余裕がなかった』と言うことを恵理は否定していたけどやっぱり今まで彼女は無理をしてきたんだ。今の彼女が本当の恵理なんだと私は理解した。
でも私、どうしたらいいの(^^;;

泣き続ける恵理を抱きしめたまま、気づくと夕方になっていた。彼女もいつの間にか泣き疲れて眠っている。
「このまま帰るわけには行かないし、もしかして夏樹さんが帰ってくるまでずっとこのままでいないといけないのかなぁ(;_;)」
心の中で泣いていると部屋のドアが開き、夏樹さんが帰ってきた。
「あ、夏樹さん」
「ただいま。ほら俺の言った通りここにいたろ」
「ホントだ」
夏樹さんの後から高志さんが顔を出し私の姿を見る。
「高志さ〜ん」
私はやっと解放される喜びで一杯だった。
「ところで……一体、どうしたんだ?」
お土産らしき荷物を置き、靴を脱ぎながら私達の状況を見た。
「実は……」
私は恵理が泣き出し、こうなってしまった事情を二人に説明した。
二人ともなんか沈痛な面もち……。
「それでずっと恵理を見ててくれたんだ。ありがとうな」
「……うん」
夏樹さんは泣き疲れて眠る恵理をそっと抱き上げると隣の部屋(たぶん寝室)に連れて行きそして一人で戻ってきた。
それに合わせて高志さんが立ち上がった。
「じゃあ夏樹、この後の予定はキャンセルって事にしておくから」
「すまんな」
「いいって」
「二人によろしく言っておいてくれ」
「ああ」
「卯月、行こうか」
「え……あ、うん」
私は訳も分からないまま高志さんに促されるまま、彼と一緒に101号室を後にした。

高志さんの横を歩きながら、さっき夏樹さんと交わした会話のことを聞いた。
「あの……この後、何か予定でも……」
「うん? 卯月と恵理ちゃんを誘って6人で騒ごうって計画だったんだけど、まぁ恵理ちゃんがあの状態じゃあ無理だからね。延期……かな?」
「私のせいで……ごめんなさい」
「いいって。でもさっき聞いた恵理ちゃんへの発言はちょっとまずかったかもな……」
その言葉にハッとして高志さんの顔を見上げた。
「あの二人……夏樹と恵理ちゃんって凄く似てるだろ」
「え?」
「表面とかじゃなくて内面の話だけどね」
「でも夏樹さんは凄く強くて……」
「いや……弱いよ。あいつの心は誰よりも脆いんだよ……。それは恵理ちゃんにも同じ事が言える。あの時あの姿を見てしまったから……断言できるんだ」
高志さんはあの時……夏樹さんが刺されたあの日のことを思い出しているみたいだった。
私はそこでどう言うことがあったのかは高志さんから話だけは聞いていたので何となく知っていたけど、実際それを目の当たりにした高志さんはもっと辛かったと思う。
「そうなんですか……」
「あの二人はお互いに支え合うことでやっていけているんだと思う。互いを想う気持ち、互いを大切にする想い……それが誰よりも強く結びついている。だからこそ……」
高志さんはそこで言葉をつまらせ立ち止まる。その表情は凄く悔しそうな悲しそうな物だった。
「だからこそ、やばいんだよ……」
「……高志さん?」
「もし片方に何かあったとき、残された方は確実に壊れる」
「!?」
「夏樹が刺されたときの恵理ちゃんの状態は見たよな」
私はあの時……病院で何も反応を示さない恵理ちゃんの姿を思い出した。
「でもあれはショックだっただけで……」
「…………」
高志さんは何も答えてくれなかった。
それがどれほど重いものなのか私には分からない。だけど深刻な問題なのは確かなのかも知れない。
「私達には何も出来ることはないんですか……」
「俺達に出来ることは……ただ見守るだけ……あの二人がこの先もずっとこのままでいられるようにただ見守るだけしかない」
「そんな……」
「辛いけどな。でも、だからこそ普通に接してるんだよ」
高志さんは優しい笑みを浮かべ私の両肩を抱きしめてくれた。
「高志さん?」
「明日、恵理ちゃんに謝らないとな」
耳元でささやく高志さんの優しい言葉をすぐに理解した。
「うん」
「よし」
そう言うと、抱きしめていた腕をゆるめ体を離すと私の顔をジッ真剣な目で見る。
「それから今の話は俺達だけの内緒だからな」
「うん」
私の返事に再び高志さんは笑顔になり頷く。
「じゃ、帰ろうか」
「あ……」
「?」
「腕組んで……良いですか?」
一瞬驚いた様子だったけど、すぐに優しい笑みを浮かべると一言「良いよ」と答えてくれた。
その言葉に私は高志さんの腕に自分の腕を絡める。
さっきの話を聞いて私の心は不安で一杯だった。
あの二人に何かあったら……そう思うと居ても立ってもいられない。
だから高志さんの体温を感じること心の中の不安を取り除きたかったんだと思う。

翌日、夕方のいつもの時間に学校帰りの恵理が姿を見せた。
私はためらいつつも彼女に「昨日はごめんね」と謝ると、恵理はいつもの笑顔で「私の方こそ取り乱してごめんね」と言ってくれた。
私は思わず泣き出しそうになってしまったが、それを堪えいつもの調子で会話を進めることができた。
そこへ夏樹さんもいつもの調子で現れ、これまたいつもの調子で恵理が彼に抱き付いていく。
高志さんは「おいおい、店内なんだから」と笑いながら言い、私もそれにつられるように笑う。

私はこの光景を眺めながら、こんな毎日がずっと続けばいいとそっと心の中で願った。


Fin


<あとがき>
絵夢「今回は古屋敷さんからのリクエスト『恵理&卯月の同棲日記』を元に書きました」
恵理「ぜんぜん違うけど(^^;;」
絵夢「いや〜〜どうまとめたものかなぁと考えながら、だったら井戸端会議みたいに二人の暴露話みたいにしてしまおうと……」
恵理「でも途中からなんで変わるかな」
絵夢「何でかな?」
恵理「おいおい(^^;;」
絵夢「でも卯月ももう少し考えて発言すればいい物を恵理の心に直接来る言葉を言ってしまったから泣き出してしまったってわけ。卯月の言ってることももっともなんだけどね」
恵理「可哀想な私」
絵夢「あんたじゃ無いって」
恵理「ひっど〜〜い」
恵理「ではそう言うわけで」
絵夢「また次回も」
絵夢&恵理「よろしくで〜〜〜す」