NOVEL



ここは夢園荘 サイドストーリー

将来の夢


土曜日の放課後。
私−陽ノ下空は美味しいと評判のケーキショップにいた。
大体いつも一緒に帰る妹のみなもが、今日は友達と約束があるからと言って先に帰ってしまい、私は久々に羽を伸ばしている。
「そう言うことをみなもちゃんに言うと怒られるか泣かれるかのどっちかだよ」
私の目の前でケーキバイキングで6個目を食べている樋山恵理がフォークを口にくわえて言う。
「あんた……太るよ(-_-;」
先ほどの突っ込みは敢えて無視する。
「テスト期間中のストレスは食べて発散させるの」
私の忠告(?)を無視して食べ続けている。
「第一、バイキングで食べなかったら勿体ないでしょ」
「だからって……ってもう7個目?」
「うん、このぐらいの大きさだったら10個は軽いよ」
「はぁ……」
私の目の前には手つかずの5個目が置かれている。
食べれなかったらこの娘にあげればいいか……。
「うん、いいよ」
「……はい、ありがと(-_-;」

別々の学校に通っている私達がどうして同じ席を挟んでケーキバイキングを食べているかというと、駅前で偶然で会ってしまったと言うわけ。
普段なら私は帰宅部、恵理は陸上で帰る時間が全く違う上に彼女はノルンで夏樹さんと待ち合わせてるからまず夢園荘まで会うことはないはずなんだけど、今は共にテスト期間中で部活動が休み、さらに今日は夏樹さんは用事があるらしく待ち合わせも無いらしい。
なんでそんなことまで知ってるかというと会った直後に……。
「ちょうど良いところで会った。ケーキバイキングに付き合って」
「何で?」
「夏樹さんが今日は用事で待ち合わせできないから」
「理由になってないって!」
そんな感じで恵理は抵抗する私を無視して店の中に……(;_;)

「ところで夏樹さんの用事って何なの?」
「知らない」
ケーキを食べながら即答する恵理。
でもその答えに私は耳を疑った。
一緒に住んでいて知らないってあり得るの?
「だから知らないって」
「何で!? 一緒に住んでるんでしょ」
「と言われても……」
食べる手を止めフォークを加えたまま困惑の表情を浮かべている。
この娘のこんな顔、初めてみたような……。
「じゃ、無くてぇ!」
「ふみ?」
「恵理は夏樹さんの彼女でしょ!」
「せめて奥さんと言って」
”ポカ”
「痛い……(;_;)」
「話そらすな」
ったくこの娘は……(いらいら)
「だったら彼氏の動向ぐらいしっかり把握していても良いんじゃないの!」
「そうなんだけどね……でもね……」
「そんないい加減なことしてると私が夏樹さんを取っちゃうよ」
「絶対にダメ!」
「……!」
恵理の鋭い視線に私は言葉を失った。
さっきまでの困惑の表情でふにゃらふにゃらしていたのに……(^^;;
「絶対に渡さない」
「いや……あの……恵理さん?」
「あの人は……夏樹さんは私のすべてだから」
普通ここまで言い切る?(^^;
「だから絶対に渡さない」
「じょ、冗談だって(^^;;」
「……………」
まだ睨んでるよ、どうしたらいいの(;_;)
その時、外を歩く夏樹さんの姿が目に入った。
「あ、夏樹さんだ」
「え?」
よかった、気が逸れた。
「渡さないからね」
これって視線が外向いてるだけでまだ……。
「はは……恵理、ごめんなさい。もう言わないから許して」
「それなら良いけど……」
恵理はそう言いながらも私に目もくれずじっと外を見続けている。
「ねぇ恵理、夏樹さんをつけてみようか」
「………え?」
「何よ、その『え?』っていうのは。知りたくないの?」
「そ、それは……」
彼女のしては珍しく言葉を濁らしている。
変だなとは思うけど、後を付けたことが夏樹さんに知られたら気まずくなるからと勝手に解釈した。
「とにかく行くよ」
「ちょ、ちょっと空ぁ」
私は嫌がる恵理を無理矢理引き連れて店を出た。

夏樹さんを見失わないように少し離れて歩いている。
「ホントにどうして嫌がるの?」
「だって……」
「恵理との待ち合わせをキャンセルしてまでの用事なんだよ。もしかしたら浮気の可能性だってあるんだよ」
「夏樹さんに限ってそれは無いよ」
「夏樹さんを信じてる恵理の気持ちは分かるけどね……」
「空ぁ、週刊誌の読み過ぎだよ」
「いいのってストップ」
目標がケーキショップのある場所から駅を挟んで反対側の出口付近で立ち止まった。
「きゃ!」
突然止まった私の背中に恵理がぶつかる。
「急に止まるな」
彼女は文句を言うが私はあえて無視した。
恵理に構うよりも夏樹さんの行動に意識を集中したいからだ。
夏樹さんは誰かを捜しているというか待っているみたい。
「誰かと待ち合わせかな?」
「ねぇ空、帰ろうよ」
「黙ってて」
「う〜〜〜」
夏樹さんは時計で時間を確認すると、ノルンの方に歩き出そうとする。
「ノルンの方に行くみたい……」
「早瀬くんっ!!」
私達も置いて行かれないように動こうとした時、夏樹さんを呼ぶ声がした。
そちらの方を向くと改札口から見知らぬ年の頃は亜沙美さんよりも上の女性が出てきた。
「え、恵理、やっぱり浮気だよ」
「ちょっと空、あれは……」
「恵理という可愛い彼女がいながら夏樹さんは!!」
「あのね空……」
恵理が何か言いたそうにしているけど、浮気現場を目撃してしまった私の心は怒りでいっぱいだった。
「私、夏樹さんをとっちめてくる」
「ちょっと空ぁ」
私は恵理の制止を振り切り、夏樹さんと見知らぬ女性の元に近づいていく。
私の気もしらないでそんな女と楽しそうに会話してるなんて!!
「夏樹さん!!」
「あれ、空。学校帰りか?」
夏樹さんはいつもと同じ様子だ。
でもこれはきっと平然を装ってるに違いない。
「これはどう言うことなんですか!」
「これって?」
「この人のことです!」
女の人の顔を見ると彼女は何故かきょとんとしている。
二人とも芝居が上手いんだから……。
「恵理という彼女がいながらこんなところで待ち合わせして何を考えてるんですか!」
「お前……誤解してないか?」
「誤解も六階も無いです。恵理も何か言ったらどう……な……の?」
恵理を見るとなぜか手を合わせて『ごめん』のポーズを取ってる。
再び私は夏樹さんを見ると頭を抱え呆れている様子、女の人は今にも噴き出しそうな感じ。
「いったい何なの?」
私は何がなんだか分からない状態になってしまった。


ノルンで3人から話を聞いて、私は始終顔を真っ赤にして俯いていた。

夏樹さんとこの女の人−田所さんはこれから仕事の打ち合わせで駅前で待ち合わせをしていたと言うことだった。
夏樹さんの仕事というのは夏樹さんのお父様(きゃ☆『お父様』だって……う、恵理が睨んでいるような気が(^^;;)が社長を務めているアパレル関連の会社『H.I.B』で洋服のデザインをすること。何でもこれは学生時代からバイト代わりにやっていたらしい。
そしてこの田所さんという方は製品開発部とデザイン部の総括主任で当時から夏樹さんの窓口のようなことをやってくれているらしい。
しかも夏樹さんってあの飲食関係から学校まで制服と名の付くものならなんでもOKの『N-Brand』のデザイナーさんだったなんて……恵理の学校の制服もそうだよね、たしか……。
どうりでメイド服のデザインが上手なはずだよ(;_;)

「私が早瀬くんの浮気相手って言うのもね……(^^;」
「す、すみませんでした」
「いいのよ、気にしないで。でも早瀬くんもこんなに心配してくれる人が周りにいてくれて幸せでしょ」
「幸せかどうかは別として楽しいのは確かですね」
「ごめんね。空にばれちゃって……」
「それだよ恵理、知っていたなら何で教えてくれなかったの」
「だって夏樹さんに口止めされてたんだもん」
「お前にはメイド服のデザインとかしてたからだよ」
「え?」
「一応『H.I.B』のデザイナーだからね」
「あ……」
夏樹さん、私に気を使ってくれてたんだ。
デザインが上手な人だと思って頼んでいたのに実はプロだったんだから……。
「まぁ黙っていた俺も悪いんだけどな」
「そ、そんなこと無いです。私だって……本当にごめんなさい」
う〜〜謝るしかできないよぉ(;_;)
「早瀬くん、この娘にデザイン描いてたの?」
「プライベートでやっただけですよ。そこで『契約違反よ』何て言わないでくださいね。それ以前に契約すら交わした覚えないんですから」
「心配しなくても言わないわよ。ところでえっと陽ノ下さんと言ったわね。そのデザインはどうしたの?」
「えっと、それを元に服を作って、イベントとかで着てました」
「それだけ?」
「……はい」
何言われるんだろ……無断使用料とか言われても払えないよぉ(;_;)
「早瀬くん、この娘の腕前は?」
「ん〜〜〜いつも忠実作ってますね」
なんか風向きが変?
「ねぇ、今度、その服見せてもらえるかな?」
「え?」
「早瀬くんのデザインはやりにくいって試作部が文句言ってたのよ」
「そうなんですか?」
夏樹さんは何か思いだしている。
「……なるほど」
「でしょ。陽ノ下さん、もしあなたの腕が確かならうちで雇っても良いわよ」
「え……えぇぇぇ!!」
風向きが変だと思ったのに何でそんな方向に行くの!?
「良かったじゃない、空」
恵理が凄く嬉しそうに私の手を取って喜んでいる。
「え? え? え? え?」
「むろん、今すぐって訳にはいかないけどね」
田所さんがウィンクして言う。
「田所さん、そろそろクライアントの所に行かないとまずいですよ」
「もうそんな時間?」
「ええ」
「あちゃもっとゆっくり出来ると思ったのに」
「ところでなんで1時間も前に来たんですか?」
「ゆっくりするため、早瀬くんは?」
「ここでコーヒーを飲むため」
「二人とも理由は大したこと無いわね」
「そうですね」
二人はそんな会話を交わすと私達を残して席を立った。
「陽ノ下さん。近いうちにこちらから連絡するから、よろしくね」
「あ、はい」
思わぬ展開に呆然としている私はそれだけしか言えなかった。
そして二人は店を出ていく。
「よかったね。夢が叶うんじゃないの?」
恵理がまだ嬉しそうにしている。
「うん、でもなんかまだ実感が……。ところであんた静かだったね」
「仕事の話をしている時には口を挟まないことにしてるの」
「そうなんだ」
「一応これでもTPOはわきまえてますから」
胸を張って言う。それほど自慢して言うことでもないけどね。
「ほっといてよ」
「でも私、どうしたらいいのかな?」
「やってみたら」
「私も恵理と同意見だよ」
隣にいつの間にか卯月が立っていた。
「そうかな?」
「「そうそう」」
私は考えてみた。
これは思いがけないチャンスだと思う。
でも正直言って怖い……だけど……。
「やってみるよ、私」
恵理と卯月は私のその言葉に嬉しそうに頷いてくれた。


数日後、田所さんから連絡があって、夏樹さんがデザインして私が作った服を見せる事になった。
その時の私の気持ちはまるで受験の合格発表が掲示板に張り出されるのを待っている気持ちと同じ。
そしてその結果、高校卒業までにこれだと思える服を1着作ること、それが私の採用試験の内容となった。

その日から私はやる気を出して頑張り始める。
夢へ一歩近づいたんだから。



Fin


<あとがき>
絵夢「ここはSS第2話です」
恵理「略し過ぎてない?」
絵夢「まぁそれは置いておいて、夏樹の副業の判明と空の将来の展望です」
恵理「それでこのタイトルなんだ」
絵夢「そうそう」
恵理「しかし、感想でも言われてたけど夏樹さんって本当に何者? この他にも何かありそうな気が……」
絵夢「何もないはずだよ(ふふふ」
恵理「その含み笑いは何?」
絵夢「気のせい」
恵理「あのねぇ(-_-; ところで夏樹さんってよく契約を交わさずに洋服デザイナーやってるね」
絵夢「よく言えば互いに信用している。悪く言えば社長の息子だから」
恵理「(^^;」
絵夢「あ、絶句したな。そう言うわけで」
恵理「強引に締めるんだ……。また次回も」
絵夢&恵理「お楽しみに〜〜」