ここは夢園荘LastStory
BEGINNING
第8話
天井の明かりが無人の商店街を照らし出す。
その中を歩く二人の女性。
「商店街のすべてを結界に封じ込めてるんだ」
左耳だけにイヤリングをした女性−川原亜沙美が辺りを見回しながらいう。
「人がいない分、戦いやすいけどね」
右手首にブレスレットをつけた女性−早川澪がジッと前を睨みつけたまま答える。
「そうだね。それにしてもお客さんはまだかな?」
「むしろあたし達の方が招かれた客でしょ」
「そっか。では招待者は何処にいるのかな?」
二人が気配を探っていると、背後から男の声が響く。
「待たせてしまったかな?」
二人はバッと振り返ると、男女二人組が立っていた。
男は黒い革ジャンにジーンズ、そして腰まで届く長い髪−青風。
もう片方は美少女と呼べるほど可愛い印象を与える少女−エア。
澪と亜沙美はこの二人が高志を襲った二人だとすぐに理解した。
「あんた達だね。タカから『大地の石』を奪ったのは!」
「いったい何が目的なの!」
二人は怒りを押さえた口調で言う。
それに対し青風とエアは普通の口調で話し始める。
「確かに彼から奪った形になってしまったが、それはこちらとしても本意ではなかった」
「ただ少しの間、貸して欲しいだけなの。理由は言えないけど……でも私達はあなた達と戦う気は無いの。
だから黙ってあなた達のもつ『煌玉』を私達に貸して……」
「ふざけるな! そんな都合のいい話、信じられるか!!」
「商店街を結界に封じ込めてそんな話し信じられると思うの!」
エアは二人に怒鳴られうつむき黙ってしまった。
「この結界は『煌玉』の存在を他の者に知られないようにするために作ったもの」
「それだけの為にずいぶんと大層な事だね」
「それほど『煌玉』は重要な物なんだ」
「それを分かれと……?」
「理解して欲しい」
「…………」
澪は黙って、後ろのポケットからネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出した。
横にいた亜沙美は少し驚く。
「澪……そんなの持ち歩いてたの?」
「緊急事態だからね」
「そっか……」
二人の意味不明な会話を青風とエアはじっと聞いていた。
その視線は澪の持つペットボトルを見ているようだ。
「あんた達を倒して、タカの『石』は返してもらう」
「交渉決裂か……」
「初めから交渉の余地なんてないんだよ!!」
澪は右手に持ったペットボトル前にかざした。
「ウォーターウィップ!!」
彼女のその叫びの呼応するかのようにペットボトルは破裂し、中の水がまるで意志を持っているかのように鞭状に変化した。
「『無限水妖剣』か」
青風がそう言うと同時に澪の攻撃が二人に襲いかかる。
しかし寸前で二人は左右に分かれ避ける。
彼らのいた鞭が打ち付けられた場所は地面がえぐれていた。
青風はそれを一瞥すると澪を見る。
「なかなかの威力だな、『水の守護者』よ」
「あんた達もね……あの攻撃を避けるなんてさすがは『風の石』の持ち主だよ」
「我々が?」
「とぼけても無駄だよ。あんた達の動きは風の力じゃなきゃ説明が付かないんだからね」
「なるほど……」
青風は少し笑みを零す。
「何がおかしい!」
「いや……今まで何人もの水使いを見てきたが君のような激情型は初めてでね」
その言葉に澪はさらに頭に血が上ったようだ。
「うるさい!!」
そう言うと青風に対して、激しいまでの鞭の攻撃をする。
しかし青風はそれを難なく避け続ける。
そして彼は澪と亜沙美を挟んで反対側にいたエアに指示した。
「エア、『火の守護者』の方を頼む。俺は『水の守護者』の方を受け持つ」
「うん、分かった。『火の守護者』さん、向こうでやりましょう」
エアは戦いの場所を選びように商店街の奥の方へと移動を始めた。
「亜沙美!」
「あっちは任せといて!」
亜沙美はエアを追って奥へと向かった。
同時刻、駅前。
人が行き交う駅から夏樹と恵理が出てきた。
「すっかり遅くなったな」
「うん。みんな心配してるかも知れないね」
「先に行ってくれてても良かったのに」
「でも夏樹さんの側が一番安全だと思ったの」
恵理は夏樹の腕に自分の腕を絡め、上目遣いで言う。
「だけどメールの話だと、とんでも無いことが起きてるようだな。『石』を狙ってる者がいるとか。
詳しい話を聞こうにも電話が通じないし……」
「うん。でも電話どうして繋がらなくなったんだろう?」
「さぁな……」
そう言う夏樹だがすでに事が起きている、そんな不安を抱いていた。
「夏樹さん、早くノルンに行こう」
「ああ、そうだな」
二人は商店街を目指して歩き始めた。
商店街中央部。
そこで亜沙美とエアは対峙していた。
「どうしても戦わなければ行けないんですか?」
ここまで誘い込んだエアだったが、本当は戦いたくないようだ。
「あなた達がタカにしたことを考えれば当然でしょ!」
「それは……」
「もうじれったいなぁ。こっちから行くよ」
亜沙美はポケットからライターを取り出すと火力を最大限にして火をつける。
「火炎車!!」
その声にライターの火は火柱を上げ、亜沙美を守るようにその周囲を幾重もの円となった。
「『炎舞陣』……でもそれは『金剛牙陣』と違って守りの陣。それだけでは……」
「ふ〜ん、これって本当は『炎舞陣』って言うんだ。でもこれだけだなんて思わないで!」
亜沙美は両手を天高く掲げる。
すると周囲の火の輪が集まり、亜沙美を中心とした巨大な火柱へと姿を変えた。
「え……『龍牙炎舞』なの?」
エアは少しだけ焦りの色を見せる。
しかしそんなことはお構いなしに火柱はアーケードの屋根を突き破り、さらに上空まで伸びていく。
そしてある程度の高さで停止した。
「いっけ〜!!」
亜沙美の声に呼応して、火柱の先端がエアに向かってきた。
『龍牙炎舞』は目標物を炎の内に取り込み焼き尽くす技。
しかもその形は変幻自在の上に、固体ではないために攻撃も通じない。
さらに発生者(この場合亜沙美)は炎の壁に包まれているためこちらにも攻撃は効かない。
『金剛牙陣』以上の攻防一体の技とも言える。
そのことを良く知っているエアは的確に飲み込まれないように避けていった。
「いきなり『龍牙炎舞』とは、出し惜しみは無しと言うことか……」
突然立ち上がった火柱を見て、澪の攻撃を避けている青風はつぶやいた。
「亜沙美があれだけの物を出したなら、あたしも出し惜しむ必要は無いかもね」
澪は攻撃の手を休め、意識を集中させる。
すると彼女の周囲に霧のような物が発生し始める。
「『夢幻陣』か」
その霧を見て青風は彼女に聞こえないような小さな声でつぶやき、これから来ると思われる攻撃に対して身構えた。
霧が少しずつ濃くなってくると、今度は澪の周囲に無数の固まりとして集まる。
そして濃縮された霧の固まりは小さな氷の固まりとなり、澪を守るようにその周囲を漂い始める。
「……『氷弾』とは……確かに発生初期は同じだけど……」
青風は自分の予測が外れたことよりも、まさかこの状況でその技を使う彼女が信じられなかった。
彼が予測した『夢幻陣』は目標物を視界0の霧の結界に閉じこめる物。
その上で外部から『無限水妖剣』等で攻撃すると言った事が出来る。
目標からはこちらの動きや攻撃が見えないため常に危機の状況に立たされることになる。
それが来た場合、青風は風を使って吹き飛ばすつもりでいたらしいが……。
だが、澪が作ったのは『氷弾』。
これは空気中の水蒸気を氷点下まで冷やし、氷状にした弾丸である。
確かに『夢幻陣』にしても『氷弾』にしても、初期段階で水蒸気を冷やして発生させると言う点では同じなので青風も間違えたのだが……。
「今度は逃がさないよ」
「逃がさないは良いんだけど……セオリーじゃないよな……」
青風は少し呆れ気味であった。
「ごちゃごちゃとうるさい!」
その声を合図に澪の周囲を漂っていた無数の『氷弾』が一斉に青風目掛け攻撃する。
だが青風は一つも当たることなく、また一つも壊すことなく、難なく避けていった。
ノルンに着いて夏樹と恵理は違和感を覚えた。
ドアには『臨時休業』の看板。
だが店の電気は煌々と付いている。
しかし中に人の気配が無い。
広い窓から店内を見ても誰もいないのだ。
「どうしたんだろう?」
恵理は不安そうに夏樹を見る。
「中に入ってみれば分かるんじゃないかな?」
「そうだね」
恵理はそっとドアを押すと、鍵は掛かっておらず簡単に開いた。
店内にドアにつけられたカウベルが鳴り響く。
しかし店の奥からも誰も姿を見せない。
夏樹と恵理はゆっくりと中に足を踏み入れる。
「誰もいないね」
「ああ……」
「私、奥見てくる」
「気をつけてな」
「うん」
恵理は店の奥へと向かった。
そして店内に一人残った夏樹は奇妙な気配を感じていた。
奇妙な気配と言うよりも良く知った者達の気配……。
「……姿は見えないけど……間違いなく感じる……どういう事だ?」
夏樹は戸惑いを覚えた。
何故彼らの姿が見えないのか、何故彼らの気配を感じるのか。
そして自分の感覚が自分が思っている以上に鋭くなっていることに……。
「!!」
瞬間、夏樹は二つの戦いの気配を感じた。
それぞれ良く知った者達−澪と亜沙美が戦っている。
「恵理!」
店の奥に行った恵理を呼ぶ。
「夏樹さん、どうしたの? やっぱり誰もいないけど……」
恵理はきょとんとした顔で店の奥に続く扉から顔を出した。
「そんな事よりもちょっと外の様子を見てくる」
「あ、私も……」
「いや、ここで待っていてくれないか」
「え〜〜」
「頼む」
「……うん」
その真剣な言葉に恵理は渋々頷いた。
夏樹は心配そうな顔をする恵理に笑顔を送ると、そのまま店のドアを開けて外に出る。
外は来たとき同様に帰宅途中の人たちが歩いている。
だがそれを気にすることなく、戦いの気配のする方へ……商店街の中央へを歩き始めた。
店から100mほど進んだとき、感じている『気』が一気に膨らみ消滅した。
「!?」
その瞬間、夏樹は奇妙な感覚に囚われた。
まるでスライムのような物が身体にまとわりつく感覚に似ている。
その感覚が無くなったとき、周囲から人の気配が消えた。
そしてそこに現れたのは破壊された商店街と通りの中央に立つ二組の影。
一つは男性でその片腕にぐったりとした澪が抱えられている。
そしてもう一つは小柄の女性で、これもまたぐったりとした亜沙美を軽々と背負っていた。
二人も夏樹を見て驚きの色を見せているようだ。
夏樹は二人を鋭い眼差しで見る。
「お前達か、『石』を狙っているのは!!」
<あとがき>
絵夢「ふにゃ〜〜ん(;_;)」
恵理「どうしたの?」
絵夢「技の説明で疲れました」
恵理「おいおい(^^;」
絵夢「それはさておき夏樹と恵理は出さないつもりでしたが、やっぱり出しました」
恵理「なんか出ると困るみたいな事言ってたくせに」
絵夢「書いてて、出ないと困ることに気づいたから」
恵理「なるほどね(^^;」
恵理「ねぇねぇ、ラストで夏樹さんがなんか不可思議な力を見せたけど、あれは?」
絵夢「そのままですね。感覚が鋭敏になっているというか……」
恵理「でも結界で別空間になってるんでしょ。それなのになんで分かるの?」
絵夢「その辺は次回に続きます」
恵理「ふむ、そっか……」
恵理「ところで夏樹さんは勝てるの?」
絵夢「どうだと思う?」
恵理「………」
絵夢「それでは次回をお楽しみに」