NOVEL



ここは夢園荘AfterStory
Fragment Age

第二十二話 <インターバル V>


澪が運転する自動車は病院へと急いでいた。
乗っている四人は誰も口を閉ざしたままで車内は重い空気に包まれている。
そんな中、助手席に座る高志は後部座席で難しそうな顔をしている夏樹に声をかける。
「なぁ、夏樹」
「なんだ?」
「さっきのまなみちゃん、自分を責めてる感じがしたけど……」
「あたしもそう思った」
「私も車の中からだからよく分からないけど、そんな感じがしたよ」
高志の言葉に澪と恵理も同意する。
「あの馬鹿どもがあんな事言うから! 責任転嫁も良いとこだよ!!」
澪はさっきのことを思い出し怒り心頭と言った様子だ。
それに高志も頷く。
「澪、悪いけどここで止めてくれないか」
一号線に出たところで夏樹は澪に止めるように言う。
「どうしたの?」
澪は疑問符を浮かべながらも路肩に止めた。
「たぶん、俺達じゃ無理だから呼んでくる」
夏樹はそう言うと自動車から降りた。
「「「夏樹(さん)?」」」
三人は夏樹の言わんとするところが分からなかった。
だが彼は「先に行っててくれ」と言い残し風に乗り飛んでいった。
その後ろ姿(?)を見送ると高志と澪が夏樹の真意に気づき「ああ、そう言うことか」とつぶやく。
「え?え?え?え?」
ただ一人まだ分からない恵理は二人の顔を見回しながら戸惑う。
「たぶん、夏樹が合流すれば分かるよ」
「でも恵理ちゃんの場合、夏樹の後をトレースすることが出来るからその前に分かるかもね」
「え〜〜っと………」
恵理の何とも言えない表情に二人はくすくすと笑う。
「う〜〜〜〜笑ってないで、早く病院に行きましょうよ!」
そんな二人の態度に恵理は唸って抗議する。
「はいはい、それじゃ行くよ」
澪はギアを入れアクセルを吹かせ病院に向け走り始めた。


睦月とまなみを乗せた豪徳寺が運転する自動車はサイレンを鳴らしていたこともあり、通常の半分の時間で病院に着いた。
自動車が病院の玄関前に止まるとまなみは急いでドアを開け病院の中へと駆けていった。
「ちょ、ちょっとまなみ! あ、えっと豪徳寺さんありがとうございました」
「ああ、無事だといいな。それじゃ俺はこのまま署にもどるからあいつらにもよろしく言っておいてもらえるかな。明日には来てもらうことになるとおもうけどな」
「はい、わかりました」
睦月は豪徳寺に礼を言うと急いで自動車から降りてまなみの後を追い病院に入っていった。

睦月が中に入るとまなみは一階を行ったり来たりしていた。
「まなみ! ここの手術室は二階だよ」
その言葉にまなみはこくんと頷くと階段を駆け足で上っていく。
「あんなに慌てて……転ばなければいいけど……」
「きゃん!」
「……ま、いいか」
睦月は何もなかったものとしてまなみの後を追い二階に向かった。

手術室の前には長いすに座るしんと壁にもたれ掛かっていた聖がいた。
階段を上ってきた二人を見て先に口を開いたのはしんだった。
「まなみさん、それに睦月さん。二人とも無事で良かった……」
「私達は夏樹さん達が助けてくれて……それよりもしんも怪我してるじゃない」
「私の怪我はたいしたことは無いのだが……」
しんは手術中のランプを見上げる。
「歩君はまだ……」
しんの視線を追うように睦月とまなみもランプを見る。
「夏樹さんも『歩君が危ない』としか言ってなかったんだけど、どんな感じなの?」
「それは……」
しんは横目でランプから視線を外すことなくジッと見続けるまなみを見て言葉を詰まらせる。
「夏樹さんの言ったとおりだよ。難しい手術でいつ終わるかは分からない」
今まで黙っていた聖が静かに口を開く。
「今言えるのはそれだけ……「聖さん!」」
聖の言葉を遮るようにまなみが言う。
「教えてください、お願いします。あっちゃんのこと……」
まなみは真剣な眼差しで聖を見る。
言わない方が良いと思っていた聖だが、その眼差しに根負けしたように重い口を開いた。
「……頭と背骨をやられてる」
聖の言葉は二人にショックを与えた。
「医者の説明だと頭の傷はたいしたこと無いらしい……ただ問題は背骨の方で、良くても後遺症が残るし、最悪の場合一生……」
そこで聖はまなみの様子がおかしいことに気づき言葉を切る。
目を見開き身体を震わせ何かうわごとのように口をぱくぱくする。
「私の……私のせいで……あっちゃんが……私の……」
「まなみ? まなみっ!!」
睦月が慌てて声をかけるが、まなみの耳に届いていないようだ。
「いや……いや……

いや〜〜〜〜〜!!

まなみは錯乱し暴れ始める。
その異常に聖は咄嗟にまなみを後ろから押さえる。
だが、まなみはそれを振りほどこうと暴れる。
「あっちゃん! あっちゃん!!」
そして何度も歩の名前を呼びながら固く閉ざされた手術室の扉へと手を伸ばす。
「まなみ、落ち着いて! まなみ!!」
睦月がまなみを落ち着かせようと両肩に手をやり呼ぶがまなみの目にはそこにいる者の姿など映っていない。
手術中の歩の元へ行こうと聖と睦月の間でもがき続ける。
「しん、あなたも手伝って!」
「あ……はい!」
我を忘れたかのようにその場で立ちすくんでいたしんを呼び手伝わせる。
そして騒ぎを聞きつけた看護婦も来て何とか落ち着かせようとするが一向に落ち着く気配は無い。
そこへたった今病院に到着した高志、澪、恵理が階段を上がってきた。
「聖、どうした!?」
高志は騒ぎの中心にいる聖を呼んだ。
彼らから見ると聖の背中しか見えないため状況が分からない。
「まなみちゃんが突然暴れ出して……」
聖は三人にも見えるように少し身体をずらす。
まなみは腕を振りほどこうと聖の左腕にかみついていた。
「「まなみ(ちゃん)!?」」
その姿に澪と恵理は驚きを隠せない。
二人もまなみを落ち着かせようと近づいた。
だが、それよりも早く高志はまなみに近づくとその鳩尾に手を当て気を内臓に送り込んだ。
その瞬間、まなみは支えを失ったかのようにその場に崩れた。
「「「「まなみちゃん!!」」」」
聖としんが長いすに寝かせ、恵理と睦月は心配そうに彼女の顔を見る。
そして高志と澪は騒ぎに駆けつけてくれた看護婦に頭を下げ、後のことはすべて任せてもらうようにした。

「しかし、タカもやるね」
「え……ああ、俺も出来るとは思わなかった」
高志は自分の掌を見ながらそう言う。
「………ま、結果オーライと言うことにしとくね」
「助かる」
短い会話の後二人はまなみの元に戻る。

「まなみちゃんの様子はどう?」
高志は後ろから聖達に声をかける。
「今は大丈夫みたいですけど……でも、どうしていきなり……」
聖は疑問を口にする。
「聖さんがあんな事言うからですよ」
そう睦月が聖を非難する。
「あんな事って……歩君の状態のこと?」
「そうです!」
「睦月ちゃん」
高志が睦月を止める。
「でも! それに高志お兄ちゃんも酷いです!」
「気絶させたこと……だよな……他に方法は無かったから」
「だけど!!」
睦月はまなみに対して何も出来なかった不甲斐なさから苛ついていた。
「みんな、とりあえず今はこのままそっとしておこうよ。こんな所で言い争ったってしょうがないじゃない!」
様子を見ていた恵理が我慢しきれずそう言う。
その言葉に誰もが黙るしか無かった。
「悪いけど、恵理を泣かすようなことはして欲しくないんだけどな。それからここが病院だってこと認識してるか?」
踊り場の方から聞き慣れた男の声が廊下に響いた。
全員がそっちの方を向くと、とても疲れた様子で壁に背もたれる夏樹とその横で立つ葉月の姿があった。
夏樹は軽く「よぉ!」と元気なく言うと葉月の方を見る。
「葉月、まなみちゃんを頼む」
「ええ、分かりました」
葉月は軽く頷くとまなみの方へと歩き始める。
「みんな、まなみちゃんのことは葉月に任せてこっちの休憩所で歩が出てくるのを待とう」
夏樹はふらふらする身体に鞭打ちながら壁づたいに休憩所の方へを歩き始めた。
「夏樹さん!」
そんな夏樹に恵理が真っ先に駆けつけ肩を貸す。
「ありがとう」
「うん、それは良いんだけど……もしかして葉月さん?」
「もしかして無くても葉月だ」
恵理の肩を借りながら何とか休憩所の長いすに座る。
「決して忘れてた訳じゃないんだが、まさか乗らずに後から行くとも言えなくてな」
葉月の運転を知っている睦月は苦笑を漏らし、話にしか聞いていない高志と澪はその恐ろしさに得体の知れない恐怖を覚え、よく分かってない聖としんはきょとんとしている。
そして恵理はまだ顔色が優れない夏樹の横で心配そうにその手を握っている。
「雄三さんは一緒じゃないんですか?」
睦月が夏樹に聞く。
「葉月に留守を頼まれて、今頃こちらからの連絡を待って留守番してるよ。でも葉月の運転に乗ることになった俺に同情の眼差しを送っていたな」
夏樹はその場にいる全員を見回しながら軽く笑う。
それにつられ二人を除き笑う。
一人はしん、そしてもう一人は睦月。
しんは何か思い詰めた顔をしている。
「すいません、私、少し外の空気を吸ってきます」
そう言い残すとしんは階段を下りていった。
睦月は手術室の前の長いすに座り気を失ったまなみに膝を貸す葉月の姿を見ている。
「ちょっと悔しいな……」
そんな二人を見てぼそっとつぶやく。
「睦月ちゃん?」
高志が声をかける。
「私じゃまなみの力になれないのかなって……一番近くにいたのに何の力にもなれないのかなって……」
「そんなこと無いと思うよ。睦月ちゃんには睦月ちゃんのいいとこがあるんだから」
「そうだよ。まなみちゃんだってそのことはよく分かってるよ」
「ありがとう、高志お兄ちゃん、澪お姉ちゃん」
二人に励まされる睦月だが、まだその表情には霞が掛かっている。
「睦月ちゃん」
そんな彼女を夏樹が呼んだ。
「葉月はまなみちゃんにとって3人目の母親なんだよ」
「お母さん?」
「そう。そしてそれはまなみちゃんだけじゃない。卯月や睦月ちゃん、君達にとってもね」
「私達も……」
「だって考えてごらんよ。君たち四姉妹のご両親はいつだって長期間家を空けていただろ。そんな時は葉月が母親代わりをしてたんじゃないの?」
「言われてみれば……」
「そして葉月も母親が出かけている時は三人の母親であろうと頑張ってきたんだよ。君達を守るために」
「私達の為に……」
夏樹の優しい言葉に睦月は今までの事を思い出していた。
食事の用意から掃除、洗濯とすべての家事をこなし、悩み事があれば一緒に考えてくれる。
いつだって暖かく包み込んでくれた存在。
「そうだね……お母さんには勝てないよね」
睦月は再び葉月達を見る。
その表情には先ほどまでの翳りは無く、優しい笑みが浮かんでいる。
「睦月ちゃん」
夏樹はもう一度睦月を呼ぶ。
「なんですか?」
「気を取り直したところで今、睦月ちゃんにしか出来ないことをやってきて欲しいんだ」
「?」
「外に行けば分かるよ」
「外って……しん?」
夏樹は無言で頷く。
「早く行った方が良いかもな」
「うん、行ってくる」
そのまま睦月は階段は駆け下りていった。
その後ろ姿を見送った夏樹は軽く息をつく。
「これで一段落付けるかな」
「そうだね」
夏樹の言葉に恵理も同意する。
「夏樹〜ずいぶんと美味しいとこ持っていくな〜」
「それに水瀬家のことずいぶんとご存じのようで」
「夏樹さんだけずるい」
高志と澪と聖が夏樹に迫る。
「美味しいとこって、お前らなぁ。それに水瀬家の事だって近所なんだから知ってるに決まってるだろ」
「「「ふふふふふふふふふふふふふふふふふ」」」
「ちょっとまてお前ら、俺まだ本調子じゃ……」
二人は一斉に夏樹に襲いかかりくすぐり始める。
「やめ、やめ、あはは、やめ……あははははは……」
笑い転げる夏樹に唖然とした恵理だが、すぐに我に返り二人を止めようとする。
そんな恵理に澪が耳打ちする。
「恵理ちゃん、夏樹って脇がすごく弱いんだよ」
「あははは……そこ、恵理に変なこと……あはは……教え……るなぁぁぁ」
「こうするのも久しぶりだよな、夏樹」
「ホント、夏樹さんは面白いね」
「お前らなぁぁぁ……あはははははは………」
「おもしろそう……」
三人の様子に恵理がぼそっと言う。
その言葉を澪がちゃっかり聞きつけ恵理を誘った。
「え、でも……」
「スキンシップは夫婦円満の秘訣だよ」
「じゃ、ちょっとだけ」
「え、恵理、ちょちょっと……」
「夏樹さん、ごめんね」
恵理は謝りながらもしっかりと楽しんでいた。
なおこれは看護婦が怒りにくるまで続く。

外に出た睦月は左右を見てしんの姿を探した。
「どこに……」
その時、建物の角を曲がった細い道の方から断続的に鈍い音が聞こえる。
睦月は気になり音のする方へ向かった。
建物の角から恐る恐るのぞき込むと、そこではしんが壁を殴りつけていた。
「何やってるの!!!」
睦月は飛び出し、これから壁を殴ろうとしている左腕に抱き付き止める。
「む……睦月さん……?」
「馬鹿! こんなことして何になるの!!」
「…………」
しんは唇を噛み締め黙る。
「あなたのせいじゃないって言ったでしょ。それなのにどうして」
「……私は……自分が許せないんです。あの場にいながら何も出来なかったから……だから……」
「ば……馬鹿ぁぁぁぁ!!」

””ばっち〜〜〜ん!!!””

睦月は力の限りしんの頬を叩く。
しんの左頬は真っ赤になった。
「睦月さん……」
「お願い……お願いだから……私を悲しませないでよ」
睦月は俯きながら言う。
「む……」
そこでしんはハッとする。
俯く睦月の顔から光るものが零れているのが見えたからだ。
二人の間にしばしの沈黙が流れる。
「……しん……」
「……はい」
睦月は傷つき血まみれになったしんの両手にそっと触れる。
「私の事……好きなんでしょ……」
「え?」
「好きなんでしょ!」
「はい!」
「だったら自分を傷つけるようなことして私を悲しませないで! お願いだから……お願いだから………」
睦月は堪えきれずしんの胸に顔を埋め声を出し泣き出した。
しんは突然のことで困惑したが、自分の胸で子供のように泣きじゃくる睦月を優しく抱きしめた。



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<あとがき>
絵夢「ようやくここまできた〜〜!」
恵理「しん君と睦月ちゃん、両想いになれたね」
絵夢「ふふ、どうかな?」
恵理「……まだなにかあるの?」
絵夢「謎」
恵理「おいおい(汗」

恵理「夏樹さんの意外な弱点が判明したよね」
絵夢「人間誰でも弱点はあるもんだからね」
恵理「夏樹さんには無いと思ってたのに……」
絵夢「彼もまた人間だと言うことだよ」
恵理「なるほど……」

絵夢「であ次回、<まなみ IV>……のつもり」
恵理「つもりって……(^^;;」
絵夢「それでは次回も」
恵理「またみてね〜」
絵夢&恵理「まったね〜」