ここは夢園荘AfterStory
Fragment Age
第七話 <まなみ II>
昼休み、私−椿まなみは屋上にいた。
どうしてここにいるかと言うと、登校してきた時に下駄箱に手紙−ラブレターと呼ばれる物−が入っていたから。
内容は昼休みにここに来て欲しいと言ったものだった。
私は誰もいない屋上を見回すと溜め息をつくと、ここに来る前に購買で買ってきた焼きそばパンを取り出すと出入り口の壁にもたれるように座り食べ始めた。
焼きそばパンは私の好きな調理パンの一つ。
一緒に買ってきたペットボトルのオレンジジュースに口を付けた時、上級生と思われる男子生徒が勢いよく屋上に昇ってきた。
「遅くなってごめん」
その人は息を切らしながらも私の姿を見るとすぐに謝る。
悪い人では無さそうだ。
ルックスも上の中で平均以上……黙っていても彼女ぐらい出来そうな気がするけど……。
私は食べかけの焼きそばパンを包み直し、ペットボトルの蓋をして、一緒に袋にしまうと立ち上がり彼を見る。
「手紙は見ました。それで私に何のようですか?」
何の感情も込めずに言う私に彼はどう反応していいか分からない様子。
「え……っと……その俺と付き合って欲しい」
戸惑いながらも単刀直入な言葉。
そして私の答えは……。
「ごめんなさい」
そう言うと彼は明らかに驚いている。
「ど、どうして? それとも付き合ってる奴がいるの? 俺は真剣に君のことが……」
全くお約束なセリフの連続。
軽く溜め息をつくと威圧するように彼の目を見る。
「私、そう言うことに興味ないんです。だから誰とも付き合う気はありません。ではこれで失礼します」
軽く会釈をすると私はドアノブに手を掛けた。
「椿さん!」
彼は私の名前を呼びながら右肩を掴んだ。
「そんな理由で納得できるわけないだろ」
「……離してください」
「俺は君に一目惚れして……」
私はその手を振り払うように振り向くと、キッと睨み付ける。
その瞬間、彼は言葉を詰まらせた。
「だから何ですか?」
「いや、その……」
「一方的に自分の気持ちをぶつけて、それが通じなければ力ずくですか? 人の気持ちは無視して」
「そ、それは……」
彼は私の勢いに狼狽する。
「だったらこの場で私を押し倒して無理矢理犯すというのもありますよ」
私は挑発するように薄く笑った。
「そうすればその間だけはあなたの物ですよね」
「つ、椿さん?」
「その代償は……一生を台無しするぐらいかな? 意味は分かりますよね」
「…………」
彼は私の顔を見ることが出来なくなりうつむき黙ってしまった。
私はそれ以上彼を見ることなく振り向くと屋上を後にした。
4階の踊り場で足を止めると今降りてきた階段を見上げ「意気地なし」と一言つぶやいた。
この言葉自体にあまり意味は無いんだけど、私としてはあそこまで言われた後の反応が見たかっただけなんだよね。
それに恋愛事に興味ないのは本当にこと。
え、本当に襲ってきたらどうするかって?
その時はその時、本当に一生を台無しにしてもらうよ。
それに経験が無い訳じゃないし今更ね……。
「まっなみぃ〜」
教室につき、自分の席に着くと常に元気が有り余っている友人の岩田百合子−通称ユリが私の所に来た。
「なに?」
私は食べかけの焼きそばパンとオレンジジュースを取り出すと昼食の続きに取りかかる。
「さっき告白されたんじゃないの?」
「ユリ、情報早いね」
「もっちろん、それでどうだったの?」
「断ったよ」
「またなの?」
「だって興味ないもん」
「興味って……これで何人目?」
ユリは呆れ声で聞く。
私はやや斜め上を見ながら指折り数えた。
「5人ぐらいかな……まったく私なんかに告白するなんてホント物好きだよね」
「自分で言うかな」
「事実だから良いの」
「まなみってさ、自分がどれほど可愛いか認識してないでしょ」
「可愛いって誰が?」
「まなみ」
「………よいしょしても何も出ないよ」
「してないしてない」
ユリは手を振りながら否定する。
でもそんなこと言われても私自身分かるわけないじゃない。
そう言う風な目でユリを見ると、彼女は深い溜め息をついた。
「わ〜かったわかった。そう言うことにしときましょ」
ユリは私の肩を軽く叩きながらそう言う。
なんか釈然としないなぁ……。
「ねぇユリ」
「なに?」
「友達と恋人ってどう違うの?」
「へ?」
「違いを聞いてるの」
「え〜っと、それは……」
ユリが答えに詰まってると、私服を着たら大学生かOLかというぐらい大人っぽいもう一人の友人、梅岡佐由理が興味津々で寄ってきた。
「それは当然、セックスして気持ちが良いかどうかでしょ」
開口一番とんでも無いことを平気で口にする。
というか佐由理は何人もセックスフレンドがいるらしい……本人が言ってるんだからそうなんだろうね。
「さ、佐由理!」
「だって、そうじゃないの?」
ユリの抗議も全く意に関してない。
「だったら佐由理の男友達はみんな恋人なの?」
「まなみ、そんなわけ無いじゃない。あれはと・も・だ・ち」
「でもやってるんでしょ」
「それは当然でしょ」
「気持ちよくないと……」
「中には良いなぁって言うのもいるけど、ん〜まだまだですね」
何故か古畑のポーズで決める佐由理。
今、再放送してるからって、いくら何でもそれは古いよ。
「まなみぃ、佐由理の言うことを真に受けちゃ駄目だよ〜」
「受けないって」
「ユリはともかく、可愛いまなみちゃんまでそんな態度を取るなんて……佐由理悲しい……」
よよよよ〜と泣き崩れた。
ホント、見てて飽きない娘だな。
「って突っ込んでよぉ」
放置していたら復活した。
「だって見てる方が楽しいし」
「そんな……あの夜のことは遊びだったのね」
また泣き崩れるし……まぁ暇だし良いか。
「遊びも何も最初からそのつもりでしょ」
「ひどい! 私を弄んだね」
「今頃気づいたの。ずいぶんと遅かったね」
「……初めてだったのに……まなみ、私……」
佐由理は急に立ち上がるとぐいっと迫ってきた。
椅子に座っている私には逃げ場はない。
あ、これってやばいわ……。
その直後、佐由理は私の顔を左右から押さえ込み固定すると、一気に唇を奪った。
そして………。
「そのぐらいにしないとまなみが窒息するよ〜」
ユリの声に佐由理は私を解放してくれた。
「どのぐらい?」
「5分半」
「よっし!」
顔を引きつらせる私の横で佐由理はガッツポーズを取る。
「佐由理! 舌まで入れること無いでしょ!!」
「なに、入れちゃったの?」
「だってやっぱりキスと言ったらねぇ」
「ねぇじゃない!」
「そうだよ佐由理。まだ昼休みなんだから……せめて放課後まで我慢しなきゃ」
「だってまなみってば可愛いから我慢できなかったんだもん」
「二人とも……論点ずれてるよ」
「「え、そう?」」
とぼける二人。
ふと周りを見回すと誰も彼もこっちの方を見ないようにしている。
そのくせ、さっきの光景はしっかりと見てたんだろうな。
そう言えば裏で私と佐由理のキスシーンの写真が出回ってたっけ……。
私は深い溜め息をついた……と言うかつくしか無い状況でしょ、これは。
でも考えてみれば、ほとんど毎日と言っていい程佐由理にキスされてるのに、どうしてレズ疑惑がでないんだろう。
周りも遊びだって分かってるのかな?
そうこうしていると5限目のチャイムが鳴り響き、ユリと佐由理は慌てて自分の席に戻っていった。
放課後、バイトが休みの私はまっすぐに帰宅の途についた。
何故かユリと佐由理を引き連れて……。
「どうしてついてくるかな?」
「まなみがどう言うところに住んでいるか見てみたい」
「可愛いまなみちゃんが馴れない1人暮らしで苦労してないか確認するため」
「……ま、いいけどね」
私は軽く溜め息をつくと二人の前をとことこと歩く。
ちなみに私が通う高校は夢園荘から徒歩で1時間……歩いて駅まで出るのと差ほど変わらないところにある。
自転車通学と言う選択肢もあるんだけど、私はその行き帰りを徒歩通学している。
毎日2時間は良い運動になる。
ただしバイト先は駅前なので、バイトのある日は学校の前から出ているバスで駅まで行っている。ちなみにバイトは週4日出てるの。
夢園荘の前に着くと、1時間の距離を歩くことになれてない二人は少し(じゃないね)疲れていた。
「まなみって毎日、これだけの距離を歩いてるの?」
「うん、そうだよ」
「前って隣の町に住んでたけど30分だったよね」
「そうだね」
「それが市内に引っ越して1時間ってどういうこと?」
「学校が市の境目に建っているのが最大の原因だと思うよ」
「「それもそうか」」
私に言葉に二人は納得したらしい。
門をくぐり敷地に入ると、そこでは夏樹お兄ちゃんが楓ちゃんと冬佳ちゃんの前で縄跳びをしていた。
すごい勢いで縄が回転している……二重飛びだ。
「「きゅう〜じゅう〜きゅ〜、ひゃぁ〜くぅ」」
二人の声に夏樹お兄ちゃんは飛ぶのを止める。
二重飛び100回……普通なら息が切れて当然なのに、汗一つかかずに普通の顔をしている。
「お父さん、すご〜い」
「はい、タオル」
夏樹お兄ちゃんは冬佳ちゃんからタオルを受け取ると、「ありがとう」と言いながら二人の頭を撫でる。
その時、ふと私達と目があった。
「あ、お帰り〜」
「「おかえりなさ〜い」」
「ただいま」
「お客さん?」
「はい、私のクラスメイトで……」
紹介しようと後ろを向くと、何故かぽかーんと固まっていた。
「……どうしたの?」
「え……あ、まなみちゃんのクラスメイトで梅岡佐由理と言います」
「私は岩田百合子です」
急にかしこまる二人……原因は分かってるけどね。
「そう、よろしくね」
夏樹お兄ちゃんが微笑みながらそう言うと、二人の顔がほんのりと赤くなった。
「二人とも……」
私は軽く溜め息をつくと、一応夏樹お兄ちゃんを紹介した。
「この人はこの夢園荘の管理人をしている早瀬夏樹さん。で、女の子達は夏樹お兄ちゃんの娘さんで楓ちゃんと冬佳ちゃん」
「「よろしく〜」」
楓ちゃんと冬佳ちゃんは二人に元気良く挨拶する。
でも二人はそれに返事を返すことなく、私を門の外へと連れだす。
その様子に夏樹お兄ちゃん達はすごく不思議そうな顔をしていた。
「なんなの」
突然の事に二人に抗議する。
「一体、どういう関係なの?」
ユリが詰め寄る。
「何が?」
「だから、あの人のことをお兄ちゃんって呼んでるから」
反対側から佐由理が詰め寄る。
私は二人の顔を話しやすい距離まで離した。
「私が小さい時からお世話になってて、その時からそう呼んでるからだよ」
「「そ、そうなの?」」
「私、この裏の神社でお世話になってたからね」
「「はぁ……」」
これ以上のプライベートなことは話す必要は無いよね。
「それから二人とも」
「「?」」
「夏樹お兄ちゃんは結婚してるから誘惑しようとしても無駄だからね」
「「しないって」」
「ユリはともかく佐由理がね」
「え?」
「それは言える」
「二人とも酷い……」
地面にのの字を書いていじける。
その時、夏樹お兄ちゃんが門から顔を出して私を呼んだ。
「はい」
「手紙が来てたよ」
「ありがとうございます」
「いいって。じゃ、二人ともゆっくりしてってね」
そう言い残すと夏樹お兄ちゃんは楓ちゃんと冬佳ちゃんを連れて夢園荘の隣に建つ自分の家に戻っていった。
「ホント、仲が良いなぁ……」
私がそうつぶやくと、いつの間にか復活した佐由理が肩に自分のあごを乗せてきた。
「まなみが今まで男どもを振ってきた訳ってあの人?」
「そんなわけないでしょ。尊敬はしてるけどね」
何処をどうすればそう言う結論に達するのか……ホント謎。
「でも本当に格好いい人だよね〜。私達と変わらないぐらいにしかみえないのに二児の父だなんて……」
今度は反対側からユリがミーハー丸出しで言う。
「でももう32だよ」
「「………え〜〜〜〜!!」」
「二人とも耳元で騒がないでよ」
私は二人の顔に手を当てると左右に引き離す。
「だって、どう見たって……」
「若すぎるよ」
「でも本当だよ。私が最初に逢った時から全然変わってないかも」
「「はぁ……」」
二人は完全に言葉を無くしたようだ。
確かに改めて考えてみればすごいことなのかも知れないけど……
「まなみちゃん、こんなところでお友達とお話?」
私達が門の前で話し込んでいると、両手に一杯の荷物を持った買い物帰りの恵理お姉ちゃんが声を掛けてきた。
「お帰りなさい」
私はすぐに反応してそう言うと、恵理お姉ちゃんはニコリと笑って「ただいま」と返した。
「すごい荷物ですね」
「ええ、八百屋さんとかお魚屋さんが色々とサービスしてくれて」
恵理お姉ちゃんはやや困ったように笑う。
「大変ですね……あ、夏樹お兄ちゃん帰ってますよ」
私がそう言うとすぐに嬉しそうな顔になった。
「え、本当に? 今日は早かったんだ」
「ええ、さっきまで庭で縄跳びしてました」
「うん、ありがとう。あ、えっとまなみちゃんのお友達だよね」
「「は、はい」」
「ゆっくりしてってね」
恵理さんは後ろで再び何故か固まっている二人に声を掛けると、スキップをしそうな勢いで家に入っていった。
「まなみ……」
「なに、ユリ?」
「今の高校生誰?」
「ユリ、どう見たって中学生だよ?」
「………二人ともそれってすごく失礼だよ」
「「え?」」
「恵理お姉ちゃんは夏樹お兄ちゃんの奥さんで、れっきとした23歳なんだよ」
「ウソでしょ」
「私達より若いよ」
「そういうことなんだから仕方ないって」
「まなみが言うことだから……」
「本当なんだろうけど……」
「「……信じられない」」
顔を見合わせて言う二人に私はただただ呆れるだけだった。
たしかにあの二人、若すぎるのは確かだけどね。
それから佐由理とユリは私の部屋で夕飯まで一緒にいた。
その時、睦月お姉ちゃんはもちろん、みなもお姉ちゃんと由恵さんが来たのは言うまでもない。
そしてその後、二人を近くのバス停まで見送ると、私は部屋で手紙を開いた。
差出人はお父さんだった。
手紙を読み終わって、出た私の感想は一言。
「………なんだ、今度新しく住む人の内の一人ってあっちゃんだったんだ」
<あとがき>
絵夢「まなみちゃんのお話でしたぁ」
恵理「……まなみちゃんの恋愛観ってどうなってるの?」
絵夢「それは今後もおいおい出てくると思うけど、本当に興味ないです」
恵理「で、襲われたら……」
絵夢「即警察に連絡……そのぐらい顔色一つ変えずに平気でやってしまう娘です」
恵理「4年の間に何があったわけ?」
絵夢「ん〜母親を『お母さん』と呼べるようになって、親が再婚して名字が変わったぐらいかな?」
恵理「それだけで変わりすぎてる」
絵夢「ま、色々あるわけ」
恵理「はぁ……」
恵理「まなみちゃんの友達って変だね」
絵夢「あのぐらいでなければやっていけないでしょ」
恵理「そ、そうなの?」
絵夢「あと通称『花の3人組』と呼ばれてる」
恵理「え?」
絵夢「椿、百合、梅」
恵理「なるほど(^^;」
恵理「最後に『あっちゃん』ってだれ?」
絵夢「だから新しく来る人」
恵理「それは分かるんだけど……」
絵夢「以下続く」
恵理「おい」
絵夢「そう言うわけで次回まで」
恵理「お楽しみに〜」
絵夢&恵理「まったね〜」