ここは夢園荘AfterStory
Fragment Age
第三話 <空>
時間は午前1時。
私−陽ノ下空はH.I.B本社ビル6階のエレベータロビー近くの休憩所の長いすに座って、私は少し濃いめのコーヒーを飲んでいる。
丁度、眠気覚ましという感じかな?
私は1年ぐらい前にデザイン一課『Maries ROOM』からデザイン零課に配属になった。
零課は私を含めて4人で全員専用ルームを与えられ、それぞれ特定の服をデザインしている。
それぞれ、
夏樹さんの『NAC ROOM』は制服系
真奈さんの『M's ROOM』はスポーツウェア系
聖さんの『SEI ROOM』は着物系
私の『Sky ROOM』はウェディングドレス等
という感じになっているの。
私の場合、時々個人的にメイド服をデザインしたりもしてるけど……。
それでなぜ私がこんな時間にここにいるかと言うと、9月の頭にある発表会用のデザインを上げないといけないんだけど、未だに半分程度しか出来てなかった。
一応5着までデザイン画は完成、内3着は完成して夢園荘402号に置いてあるけど、それでも10着までまだまだ……。
時間は無いし、かと言っても焦れば焦るほど思い浮かばないし、こう言うのってスランプって言うのかなぁ……。
「はぁ……」
手元のコーヒーを眺めながら思わず溜め息。
「溜め息なんかついてどうしたの?」
その声に顔を上げると、聖さんが自販機で飲み物を買っていた。
「聖さんも徹夜ですか?」
「僕は1週間ごとにここに住み込んでいるようなもんだからね」
「そ、そうなんですか?」
「うん。隣良い?」
「あ、はい」
私は聖さんが座りやすいように横に動く。
聖さんは「ありがとう」と言いながら座る。
そしてそのまま横で黙ったまま飲んでいる。
私も頭の中はデザインの事でいっぱいで何かを話しをする気にもなれなかったので良かったかも。
「……煮詰まってるの?」
「え?」
私は少しビックリして顔を上げ、聖さんを見た。
「当たり?」
「う、うん」
こくりと頷くと聖さんはニコリと笑う。
「そっか……実を言うと僕もなんだよね」
「聖さんもですか?」
「伝統を守りつつも新しいデザイン、新しいアイデアを要求され続けてるからね。毎回ヒーヒーだよ」
聖さんは頬をぽりぽりとかきながらはにかんだように笑った。
その笑顔はすごく子供っぽく見えていつも可愛いと思ってしまう。
なんかこう守ってあげたいというか……これって母性愛?
「ぼ〜としてどうしたの?」
「え……あ、いえ、何でもありません!」
私はさっき考えてたことを見抜かれたんじゃないかと焦り、大きな声で答えてしまった。
そしてハッと我に返り、なんか恥ずかしくなって俯いた。
たぶん、私の顔は真っ赤に染まっているはず。
「ふふふふ」
そんな私の様子を聖さんはくすくすと笑っているみたい。
うぅぅ、これもこれも人の考えてることを何でもかんでも読んじゃう恵理のせいだよぉ。
「なにか考え事でもしてたの?」
「いえ……そう言うわけでは……」
聖さんはまだ笑っている感じ。
その時、何かを思い付いたのかポンと手を叩いた。
「そうだ、陽ノ下さん」
「……はい?」
「お腹空いてない?」
「え?」
「だから、お、な、か」
「……少し」
「だったら外に食べに行かない?」
「でも……」
こんなところで休んではいるけどまだやることはたくさんある。
実際、部屋にはやりかけのデザインが山ほどあり、それをなんとか完成させないといけない。
でもお腹が空いているのは確かだ。
私が答えあぐねいていると、聖さんは立ち上がって私の手を取った。
「え!?」
「煮詰まった状態で仕事を続けても良いものは出来ないよ」
「だけど、私……」
「良いから良いから」
聖さんはそう言うと私の手を引き立たせると、そのままエレベータを呼び乗り込んだ。
そして1階に着くと警備員のいる通用門から外に出た。
その間、聖さんは私の手を握ったまま……。
「何処行こうか? と言ってもこの時間だとファミレスかな……」
「あ、あの……」
「何?」
「……手」
「え?」
聖さんは初めて気づいたかのように握る手を見た。
「……もしかして痛かった? 強く握ってるつもりは無かったんだけど……」
全く予想外の答えに私はきょとんとしてしまった。
こういう時って普通ドラマや漫画とかだと「あ、ごめん」って慌てて離すものだと思っていたんだけど……。
「どうしたの?」
「そう言う事じゃなくて……」
「離して欲しいの?」
「……(こく)」
私は小さく頷く。
「ヤダって言ったらどうする?」
「え……そ、それは……」
私が困った顔をすると、聖さんは笑いながら手を離してくれた。
「ま、これ以上困らせて陽ノ下さんの彼氏に刺されたら嫌だしね」
「そんなぁ……」
聖さんの言葉につられて思わず噴き出した。
「やっと笑った」
「え?」
「さっきまで自分を追いつめている感じがしてたからね」
「そう……ですか?」
「だからこそこう言うときは気分転換が必要だと思うよ」
「気分転換」
私は聖さんの言葉を繰り返す。
そして少し考えていると聖さんが周りを見ながら言った。
「でもまぁさっきの姿、陽ノ下さんの彼氏に見られたら大変だったかも」
「え?」
その言葉に私は聖さんを見た。
「でしょ。これでこじれたら大変だもん」
「私……彼氏なんていないから大丈夫ですよ」
「……ホント?」
「はい。今まで全然縁が無くて……」
私は言っていて少し恥ずかしくなった。
23歳になって彼氏の一人もいないなんて……確かに好きな人はいたけど……。
「本当にいないの?」
「はい、いません」
「そっか……」
そう言うと聖さんは手を組み考え始めた。
そして1分ぐらい経って、真剣な顔で私を見る。
「だったら立候補していいかな?」
「はい?」
「だから彼氏に」
「え?え?え?え?え?」
次の瞬間、私はパニック状態になった。
誰かから告白されるのははっきり言って初めても当然。
中学の時とかラブレターとかは貰ったことはあるけど、面と向かっては一人も無し。
高校になって好きな人は出来たけど、告白することもなく失恋……あ、これって夏樹さんの事ね。
ってそんなことはどうでも良くて、思えば恋愛に関しては暗い学生時代だったんだなぁ。
でもこれっていわゆる告白ってやつだよね?
しかも私に、聖さんが告白って……。
「陽ノ下さん?」
「は、はい!」
「返事はすぐでなくていいよ。身長も陽ノ下さんとほとんど変わらないし、童顔だし……ノーならノーで良いから。実際、振られるのは馴れてるし」
聖さんはそう笑顔で言う。
その時、向こうの方からタチの悪そうな若者二人がこちらに来た。
「兄ちゃん、少し金を貸して欲しいんだけどな」
「そうそう、寄付してくれよ」
二人はおきまりのセリフを言う。
「聖さん……」
私は聖さんの袖を掴んで会社の中に逃げるよう言おうとした。
だけど……。
「悪いけど、初めて会う人に貸す金は無いな」
挑発の言葉を投げかけた。
私は血の気が引いた。
「なんだとぉ」
「女の前でかっこつけてんじゃねぇぞ」
「だったら?」
「こうするんだよ!」
若者Aが聖さんに殴りかかる。
私は咄嗟に顔を覆った。
その直後、殴る音とうめき声が聞こえた。
でもそのうめき声が聖さんの物とは違うような気がした。
私はゆっくりと顔を上げると、構える聖さんとその足下で転がる若者Aの姿があった。
「先に殴りかかってきたのはそっちだからね。いわゆる正当防衛だね」
「貴様ぁ!」
頭に血が上った若者Bが殴りかかってきた。
聖さんは若者Bの拳を避けるように身を屈めるとその腹部に拳を入れた。
そして若者Bも呻くように倒れた。
それと同時に騒ぎを聞きつけ、会社から二人の警備員が駆けつけた。
「坂本さん、陽ノ下さん、大丈夫ですか?」
「ええ、後のことをお願いできますか?」
「分かりました」
そう言うと、倒れる二人の元に駆け寄る。
すると若者Aが立ち上がり、再び聖さんに殴りかかってきた。
今度は受け流さず、若者Aの腕を掴み引き寄せた。
そして聖さんが何か耳元で一言二言言うと、若者Aの顔が目に見えて青ざめる。
聖さんがそのまま手を離すと、若者AはBを急いで起こしてその場から走るように逃げていった。
「行っちゃいましたね」
警備員は唖然としてその後ろ姿を見送る。
「警備員さん、もう良いみたいですね」
「そうみたいですね……それでは我々は戻ります」
「ええ、ご苦労様です」
聖さんは会社に戻る警備員の後ろ姿を見送るように手を振る。
「あの……」
私は恐る恐る聖さんに声をかけた。
「ごめん、怖い思いさせちゃったね。大丈夫だった?」
「ええ、私は大丈夫ですが……」
聖さんは私の様子を見て軽く溜め息をつく。
「折角告白したのに、振られちゃったね」
「ち、違います」
「?」
「私は聖さんに怪我が無いか聞きたかっただけです」
少し強めに言うと、聖さんはきょとんとした顔で私を見た。
「大丈夫だよ」
「それならいいんです。あ、聖さん、ありがとうございました」
私はお礼も言ってないことを思い出し慌てて頭を下げた。
「気にしなくて良いよ。僕もああ言う連中は嫌いなだけだから」
「はぁ……」
「ま、陽ノ下さんに怪我が無いから良しとしよう」
聖さんはそう言うと、どこかに向かって歩き始めた。
私は慌ててそれを呼び止めた。
「何処に行くんですか?」
「ご飯食べに行くんでしょ。行かないの……ってあんな後じゃ食欲もないか」
「行きます」
「無理しなく良いよ」
「無理してません」
私はやや強めに言う。
「それなら良いけど……ファミレスで良い?」
「はい」
その返事に聖さんは笑顔で返すと歩き始める。
私は置いて行かれないように後を追った。
そして、追いついた私は聖さんの手を握った。
「え?」
突然の私の行動に聖さんは驚いたようだ。
「返事はまだ保留でいいですよね。その代わり私が答えを出すまで気持ちが変わらないでいてくれますか?」
「それはまぁ……」
「曖昧な返事ですね」
私はやや強めに手を握る。
すると聖さんは立ち止まり嬉しそうな顔で私をジッと見た。
「好きでいます。その代わり僕からもお願いがあります」
「なんですか?」
「これからは名前で呼んで良いですか?」
「えっと……いい…ですよ」
思わぬお願い事に少しどもってしまった。
でも呼ばれ方なんて気にしたこと無かったらから何か新鮮な感じ。
「では空さん、行きましょう」
「はい」
私達は夜食を取りにファミレスに向かった。
もちろん手を繋いだまま……。
後日、惚気話のつもりでみんなに話したら、みなもと睦月とまなみの3人は声を揃えて、「中学生の男女交際じゃないんだから」と言われた。
さらに恵理と卯月と由恵からは無言で肩を叩かれた(涙)
だって今まで男の人と付き合ったこと無いんだから仕方ないじゃない!!
<あとがき>
恵理「中学生の男女交際でももう少し進んでると思う」
絵夢「いや、今日日の小学生でも……」
恵理「だよね……」
絵夢「うむ……」
絵夢&恵理「…………」
絵夢「その分進展は早いかもね」
恵理「えっと空が23歳で聖君は?」
絵夢「27歳」
絵夢&恵理「…………」
恵理「ところで聖君って喧嘩が強いみたいだけど、何者?」
絵夢「それは秘密です」
恵理「……今後、その話が出る予定は?」
絵夢「展開次第と言うことで」
恵理「期待しない方が良いかも知れないって事ね」
絵夢「よく分かっていますね」
恵理「マスターとはつきあい長いから……」(溜め息)
絵夢「そう言うわけで次回第4話はいったい誰が出てくるかお楽しみに」
恵理「ではこれで」
絵夢&恵理「まったね〜」