NOVEL



ここは夢園荘

恵理の章1

夏樹さんが入り口のところで打ち水をしている。
周りには……誰もいない。
「よし、頑張れ恵理」
私は自分に気合を入れた。そして深呼吸。
ゆっくりと心を落ち着けて……。
「恵理ちゃん、そんなところで何してるの?」
「は、はいぃ!」
み、見つかっちゃったよぉ(どきどき)
心の準備が……あああ、顔が熱い。
「どうしたの?」
夏樹さんが不思議そうな顔で私を見てる。
こ、こうなったら勇気を出していくよ、恵理。
昨日だってあんなに練習したんだからちゃんと言えるはず……よし!
「な、夏樹さん!」
「ん、何?」
「あ、あの……私、夏樹さんのこと好きです」
ああ、言っちゃったよぉ(^^;;
もう後は何とでもなれ。
「私と夏樹さんだと9歳も離れていてて、今の私じゃまだまだ不釣り合いだけど、だけどだけど……」
もう私何言ってるの(;_;)
「だからその……」
「恵理ちゃん」
「は、はい」
「恵理ちゃんの気持ちは嬉しいけど、その……一応……彼女いるから……」
(え……彼女?)
「あ、あは……あはは……そ、そうですよね。夏樹さんみたいな素敵な人に……彼女がいないわけ……無いですよね」
「恵理ちゃん?」
「ご、ごめんなさい! 今のこと全部忘れてください!!」
私はその場にいられなくなり自分の部屋まで駆け戻る。
そのまま玄関のドアに背もたれ、涙を堪えた。
「あはは……馬鹿みたい私……。そんなにうまく行くわけ……無いのにね……」
涙がこぼれ出す。
「夏樹さん……想うだけなら良いですよね……。彼女がいても好きでいて良いですよね……夏樹……さん……」
私はその場にうずくまり声を殺して泣いた。
明日、笑顔で夏樹さんに挨拶が出来るように涙が枯れるまで泣いた。

「………夢?」
うっすらと瞼を開き、暗い天井を見上げつぶやく。
「どうして今頃……」
私は顔に何か違和感を感じ手を触れた。
「……涙……泣いてたの、私?」
触れた手で軽く涙を拭う。
「忘れてたのに……でも忘れられないか……。初恋、そして初めての失恋だったんだもんね。それでも私は夏樹さんを好きでいる。その気持ちが私を支えてるのも確かだから……」
そっと瞼を閉じる。
『好きなら好きって正々堂々と面と向かって言うべきじゃない?』
私が言った言葉……その通りにあの日告白してそして失恋した私。
『でも本当に告白してくる娘がいたとしても、私にはもう好きな人がいるから断っちゃうけどね』
想いが伝わらなくても好きだから……。
『……告白しないの?』
卯月……したよ。でも振られた。
『だけど、諦めてないんでしょ』
諦めてないけど……。
『夏樹お兄ちゃんに告白するんでしょ』
睦月ちゃん……出来ないよ……。
また同じ答えだったら……私……壊れる……。
みんなとの会話が頭の中をぐるぐると回る。
私は逃れようと顔を枕に埋めた。
「怖いよ……みんなにあんなこと言ってたって、私は……私は……」
たぶん今私は泣いてる。
声を殺して泣いてる。
枕が湿っぽい……でもそんなの関係ない。
本当の私は凄く弱いから……強がってないと歩くことが出来ないから……誰かに支えてもらわないと生きていけないから……。
「夏樹……さん……」

翌朝、洗面台の鏡の前。
「……ひどい顔」
まるで泣いていたかのように顔がはれぼったい。
と言うか泣いてたんだよね、私。
「涙を流すなんて、あの時以来だから……3年ぶりか……」
三つ編みを止めているゴムを取り髪をほどく。
髪の毛が腰の下当たりまであるので、寝るときは髪の毛が痛まないようにいつも三つ編みにしている。
「ホント、私ってばどうしちゃったんだろ……」
気分が沈む。
日曜の朝だというのになんでこんなに暗いんだろう。
ふと時計を見る……9時。
休日なのに私としては早起きな方だろう。
「結局、あれから寝たかどうか何て分からない感じだったもんな……」
思わず溜め息がこぼれる。
「今日はどうしようかな……とりあえずシャワー浴びてから考えよう」
私はパジャマ代わりに着ているトレーナーと下着を脱ぐとおふろ場に入った。
シャワーのコックをひねり、温度を確かめ全身に浴びる。
寝ている間に流した汗を、そして3年ぶりの涙の後を洗い流すように……。
10数分後、洗面所兼脱衣所からバスタオルを身体に巻き付け、タオルで髪の毛の水分を拭き取りながら出てきた。
髪の毛がきちんと乾くまでは服も着れないから長いと大分不便かも。
でも願掛けの意味もあって伸ばしてるから切りたくなかった。
私はそのままテーブルの前に座る。真正面の洋服ダンスの上に飾ってあるフォトスタンドを眺める。
夏樹さんと一緒に撮った写真。
写真の中の私は夏樹さんと腕を組んで嬉しそうな笑顔を見せている。
「大丈夫だよね、私……」

昼過ぎ、部屋を出ると夢園荘全体が静かだった。
試しに隣の唯菜、その隣の由恵の部屋の呼び鈴を鳴らすが反応は無かった。
「いないんだ……出かけるなら呼んでくれても良いのに……ってよくよく考えれば唯菜は実家、由恵は部活か」
3階から下へ階段を降りる。
「ホント、今日部活休みで良かったかも……走る気分じゃないもんね」
3階は誰もいなかったので2階の誰かと遊ぼうと4つの部屋全部の呼び鈴を鳴らすがこの階も誰もいなかった。
「みんなお出かけなの」
夕べのこともあってだんだん気持ち的に寂しくなる。
そして101号室の前。
管理人室であり同時に夏樹さんの部屋。
「とりあえず夏樹さんの顔見て、大丈夫なのを確認しないと。いつまでも沈んでいるなんて私じゃない」
私はいつもの調子で部屋の呼び鈴を鳴らす。
でも反応無し。
「あれ?」
もう一度鳴らしてみるが、それでも反応無かった。
一応、入り口付近を見ても夏樹さんの姿は無い。
「夏樹さんも出かけてるんだ……」
軽く溜め息を一つ。
私はそのまま階段になっている入り口の所に腰を下ろした。
「これからどうしようかな。ノルンに行って卯月でもからかおかな……でもそんな気分じゃないか……」
再び溜め息。
「こんなところで何黄昏てるの?」
後から女の人の声。
振り向くと亜沙美さんが立っていた。
そっか4階にもいたんだっけ(^^;
「こんにちは、亜沙美さん」
「こんにちは。どうしたのこんなところで座り込んで」
「誰もいないからどうしようかなって」
「誰もって、夏樹も?」
「うん……」
「ふ〜〜ん、日曜日なのにめずらし……あ、そうか今日は……」
亜沙美さんの表情に一瞬影が差す。
「隣良いかな?」
「はい」
私の返事を待って亜沙美さんは隣に座った。
「夏樹、今日はたぶんデートだよ」
(チクン)
今一瞬胸が苦しくなった。何だろう?
「そ、そうなんですか」
「デートって言っても、本当はお墓参りなんだけどね」
……亜沙美さん、今なんて?
亜沙美さんは悲しそうな目でじっと足下を見つめたまま黙っている。
「あ、あの……」
「こんなこと言うと絶対に夏樹に怒られるの分かってるけど……だけど……」
顔を上げ、悲しみをたたえた真剣な眼差しで私を見る。
「彼を……夏樹を助けてあげて……」
「亜沙美さん?」
亜沙美さんは再び私から視線をそらした。
「夏樹の彼女……冬佳ちゃんって言ってね。夏樹の実の妹だったんだよ」
(チクン)
……また……。
でも実の妹さんが彼女って……それってどう言うこと?
「混乱するのも無理無いよね。あの二人から告白されたとき私達も同じだったから」
混乱する気持ちを抑えながら私は亜沙美さんの話に集中する。
「なんだかんだあったけど、あの二人の気持ちが本物だって分かったら反対できなくなってね。悲しい結末しかないの分かってたのに」
亜沙美さんは一瞬複雑そうな笑みを浮かべたが、すぐにその笑みも消えた。
「でも悲しい結末でもあんな結末は想像もしてなかった……。冬佳ちゃんは私達の目の前で通り魔に刺されて……」
当時のことを思い出しているかのように手を握りしめ悔しそうに唇をかみしめている。
「犯人はその場で取り押さえて逮捕されたけど、冬佳ちゃんはそのまま……。それから夏樹が笑わなくなったの」
「そんな……」
私は亜沙美さんの衝撃の告白にただそれしか言えなかった。
いつも素敵な笑顔を見せてくれる夏樹さんにそんなことがあったなんて……。
「タカや澪はそっとしておこうって言ってたけど、私は夏樹の笑顔がもう一度見たかったから、彼を元気づけようって何でもやった。でも……全部ダメだった……」
亜沙美さんの目に光るものが……。
それを見たときまた胸が痛くなった。
「結局、私はつらくなって逃げ出した。親の転勤とか受験の失敗とかいろいろ理由付けして……」
「亜沙美さん……」
「7年ぶりにこの街に帰ってきて夏樹の笑顔を見てビックリしたよ。だからといってそんなのを表に出す私じゃないけどね」
そこで言葉がとぎれた。
しばしの沈黙。
「タカから聞いたんだ。夏樹が笑うようになったの……恵理ちゃん、あなたと出会ってからなんだってね」
「そ、そんな……」
確かに初めて会ったとき、静かな笑みを浮かべる人だなって思ったけど……。
「その話聞いてね。ちょっと嫉妬した」
「私は別に……」
「分かってる。でもだからこそあなたにお願いしたいの。恵理ちゃん、夏樹の心の支えになってあげて」
(え?)
「恵理ちゃんなら出来ると思う……ううん、恵理ちゃんにしか出来ないと思うんだ。だから……」
(だから『助けてあげて』なの……?)
「恵理ちゃん?」
私はさっきから続く胸の痛みに耐えられなくなっていた。
なんなの、この痛み……。
「そんなの……無理……ですよ……」
痛みを堪えてやっと言葉にする。
「恵理ちゃん……」
私は気づくと立ち上がっていた。
「無理ですよ。それに私、一度振られてるんですよ」
亜沙美さんが私の両肩を掴んだ。
たぶん私を落ち着けようとしてるんだと思う。
でも私は……。
「それはまだ心の整理がついていなかったから……」
やめて……。
「夏樹だって……」
もう、やめて………。
「彼に笑顔を取り戻させたあなたなら絶対に……」
もう、何も聞きたくない!
私は亜沙美さんの手を振りほどき一歩二歩と後に下がった。
「私には……冬佳さんの代わりなんて出来ません。私が夏樹さんの心の支えになるなんて無理です。絶対に無理です!」
目頭が熱くなるのを感じる。
そして私はその場から逃げ出した。
「恵理ちゃん!」
亜沙美さんが私を呼び止めようとする。
だけど私は止まることなく、夢園荘から出ていった。

お願い……これ以上私を苦しめないで……。

























こころが……いたいよ………………なつきさん……たすけて………。


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<あとがき>
絵夢「さてここで後半に続きます」
恵理「ねぇ……私、どうなっちゃうの」
絵夢「それは後半『恵理の章2』を待っててね」
恵理「私……大丈夫かな……」
絵夢「でもその前にインターバルを挟みます」
恵理「何で?」
絵夢「恵理だけやって夏樹をやらないわけにはいかんだろ」
恵理「なるほど……マスター一つだけ聞かせて」
絵夢「何?」
恵理「ハッピーエンドになるよね」
絵夢「ノーコメント」
恵理「マスタ〜〜〜〜(;_;)」
絵夢「では次回お楽しみにぃ」

恵理「やっぱり前回のこと引きずってるんだ(;_;)」