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『銀の光』

第1話 『カナタ・トラッシュはあの時死にました』


古来よりマスコミと言う物は新しいニュースが出るとすぐにそちらの方に飛びつき、今まで追いかけていたニュースは忘れ去るものらしい。

ナツキ・スライダーは訓練場を見渡すことの出来るフロアに設置してあるテーブルセットの一つを陣取ってぼ〜っとしていた。
時折胸のエンブレムの当たりを触りながら、特に何をするわけでもなくのんびりとしている。
その内側には1年前に起きた事件の犯人であり、かつての相棒の一人であったヒューキャストの『黒狼』リューク・セフィーロのAIチップが納められている。
ナツキは黒を基調としたボディと銀色の髪を持つ女性型アンドロイドレンジャー−レイキャシール。
『戦うメイド』の異名を持ち、ハンターズ歴11年を数えるベテランの一人でもある。
だがその正体は、今から16年前に死んだ数少ないマックスレベルのハンターズの一人、『銀の閃光』カナタ・トラッシュであった。
その事がリュークの起こした事件で知れ渡りマスコミから逃げ回るようになった。
1年近く用もないのにラグオルに降りる日々を過ごしていた。
もちろん依頼を受けソラやレン(あの事件のあとカナタは名前を元に戻した)達と降りることもあるが、それ以上に何もせずに空を見上げる日々の方が多い。
マスコミとしては今までも大きなニュースが無かったので、15年前に死んだカナタ・トラッシュが姿を変えナツキ・スライダーとして生きていたと言う絶好の餌に飛びついた形だが、当の本人としてはたまらない状況だろう。

そうしてマスコミから逃げ下に降りても、他のハンターズの目に止まると穏やかに過ごすと言うわけに行かない。
でも普通に話をするとか手合わせをするだけで、プライベートに踏み込んでくることは決してないのでそう言う意味では気分的に落ち着いていられる。

そんな毎日だったが、先月の事件−遺跡の封印を解き軍の一方的な行動と全滅の一件にマスコミは飛びついた。
総督府も軍もハンターズギルドもラボも今まで通り公式発表はしていない。
どこからか漏れたらしく憶測と想像だけが一人歩きしている状態。
すぐに公式で否定とねつ造された事実を発表したことでひとまず落ち着いているようだが、マスコミは情報収集にやっきになっている感じだ。

何はともあれマスコミの取材攻勢から解放されたナツキはこうしてのんびりとしていた。



ナツキが円形テーブルに突っ伏していると目の前に湯気を上げるカップが置かれた。
それは向かいの椅子に座る白い服を着た女性の物が持ってきたものであった。
「どうしたの、ナツキ?」
「ぐて〜っとだらけてるの」
「全くシャキッとしなさい」
女性はやや語気を強めて言う。
ナツキは苦笑を浮かべながら身体を起こす。
「まったくそんなにだらけてたらダメでしょ」
「やっとマスコミから解放されたんだから、少しぐらい良いじゃない?」
「良くない!」
「全くハルカは固いんだから」
「そう言う問題じゃないの」
軽く返事をするナツキにハルカはやや呆れ口調だ。
そんな彼女の様子にナツキはクスクスと笑った。

彼女−『氷の天使』ハルカ・フローラはカナタ・トラッシュのパートナーでありナツキ・スライダーのパートナーだった女性。そして今も良き親友である。
現在は第一線を離れ、後方のギルド内でそれなりの権力者でもある。
これも全て現役時代の活躍が物を言うのであろう。

ナツキは憮然とするハルカに手お合わせ謝ると話を切り出す。
「ところで何かあったの?」
「別に何もないわよ」
「何それ?」
「ちょっと暇だったし、ナツキはどうしたのかなぁって思って見に来たの。最近話す時間無かったし」
「なるほどね」
二人ともあの取材攻勢を思い出しうんざりとする。
「ところでナツキ。ず〜っと聞きたいと思っていたことがあるんだけど、良いかな?」
「何?」
「聞きにくいことなんだけど……話したくなかったら話さなくても良いから……」
「なんかはっきりしないな。そういうのハルカらしくないぞ」
「え〜っと……どうしてスライダー氏はナツキの……というかカナタの脳をアンドロイドのボディに移植したのかなって思って……」
「なんか突然だね」
「話したくなかったら良いんだよ」
ナツキが苦笑を浮かべるとハルカは慌てて否定する。
「いや、別に話すのは構わないんだけど、話したこと無かった? マスターは私の実の祖父だって」
「え?」
ハルカはナツキの言葉に彼女には珍しいすっとんきょんな声を上げる
そしてナツキはナツキでそんなハルカの様子に意を介すことなく淡々と事実を言う。
「だから祖父。世間体とか色々あって二人でいたときでもマスターって呼んでたけどね」
「え〜っと……つまり……だから……あれ?」
ハルカは両方の人差し指をこめかみあて考えをまとめているようだ。
その様子にナツキはクスッと笑う。
「聞きたい?」
「え、まぁ興味はあるけど……良いの?」
「うん、あれはハルカと出会うもっと前の事……私がハンターズになろうと思った切っ掛け……」





31年前……。

ハンターズの中でも名前は知らなくてもその存在は知れ渡っている少女がいた。
それは10歳でハンターズ登録し、12歳でレベル100を超えた銀髪の少女。
名前はカナタ・トラッシュ。
両親を3歳の時に亡くし、1年程父の知人の教会で過ごした後、行方不明となる。
その行方不明の間にある人達より剣を学び、6年後のハンターズ登録試験で実力を買われ若干10歳で登録する。

彼女の両親は共に優秀なハンターズであった。
父−ライガ・トラッシュはヒューマー、そして母−ナツキ・トラッシュはフォマール。
その二人の血を受けハンターとフォースの両方の力を先天的に持っていたこと。
さらに行方不明の間にある人達に学んだことが彼女の人生を決めたと言っても過言ではないだろう。

そして人は彼女のその戦いぶりから『銀の閃光』と呼んだ。
だがカナタに取ってその異名はどうでも良い物であった。
彼女がハンターズ登録したその理由は死んだ両親の為だった。

カナタの母−ナツキは政府高官の娘だった。
ナツキの父−フェイル・スライダーは名声・家柄のどれを取っても申し分ないほどの実力者で彼に逆らえる者などいないほどであった。
その為、ナツキがライガを結婚相手として連れてきたとき当然のように猛反対した。
そしてついにはライガを社会的に抹殺、追放しようとまでした。
その結果、ナツキはライガと駆け落ちし行方を眩ました。

二人ともハンターズの資格を有していたため、何処へ行くにも簡単に行けたというのが二人にとって幸いだったと思われる。

そして数年後二人の間にカナタが生まれる。

両親はまだ幼いカナタに、いつかフェイルに結婚を認めてもらい一緒に住むことが出来ればと話していた。
カナタにとって両親の言葉は絶対であり、二人が死んだ後もそれだけを願いハンターズとなってフェイルに結婚を認めさせようと考えていた。
そしてもう一つ、フェイルを憎んでいる部分もあった。
両親を不幸にした存在として……そして今の自分を見せつけ見返してやろうとも考えていた。
純粋ゆえに、フェイルに対する感情が歪んでしまった結果であろう。


そして彼女が14歳の時。
ある依頼を完了したその帰り道。
偶然、別荘地に来ていたフェイルの姿を見つける。

カナタはチャンスが来たとばかりに、フェイルの別荘の敷地内に進入する。
そして草木に姿を隠して中の様子をうかがうと、芝生が敷き詰められた広い庭でロッキングチェアに座り3Dフォトをどこか悲しげな表情で見つめる男性−フェイル・スライダーの姿を見つけた。
(資料にはまだ50代と書いてあったのになんであんなに年老いて見えるの?)
何度も顔写真を見て、テレビでも何度でも見ていたはずなのに、全く別人のように見えるその姿にカナタは困惑していた。
実際フェイルは現在56歳だが、その容姿は70歳とも80歳とも見える。
カナタは少しだけ身を乗り出した、その時……。

”ぱきっ!”

地面に落ちていた小枝を手で折ってしまった。
(しまった!)
自分の手の下にある小枝を恨めしく見る。
「そこにいる方、出てきてはいかがかな?」
さらに彼女に追い打ちをかけるようにフェイルは草むらの中にいるカナタに優しく声をかけてきた。
カナタは一瞬迷ったが、すぐに諦めてすっと立ち上がりフェイルを見る。
フェイルはカナタの姿を見て、一瞬驚きの表情を浮かべるがすぐに優しい表情をした。
「これはこれは可愛いお嬢さんですね。見たところハンターズのようですが私に何か用事かな?」
「あ……いえ……」
今までどんな罵倒を浴びせかけようか考えていたにもかかわらず、いざこういう場になって何も言えなくなりしどろもどろになっていた。
そんなカナタのようすにフェイルは静かに微笑む。
「そんなところにいないで、こちらに来て話し相手になってもらえないかな?」
「え……でも私は……」
「道に迷ってしまったのでしょ」
「……はい」
カナタは小さく頷くと草むらから出てフェイルの横に立つ。
「緊張しなくても大丈夫ですよ。ここには私しかいませんから」
「あの、よろしいんですか?」
「ですからもし私が暗殺者だとしたら……」
その言葉にフェイルはほほほほと笑った。
「こんなに可愛いお嬢さんに殺されるなら、本望かも知れないですね」
その言葉にカナタは頭に血が上った。
「冗談は止めてください!」
「いや、冗談では無いのだよ……私は死んだ娘とその夫とそして二人の娘に会って謝りたいのだ。だから早く迎えが来るのを待っているのですよ」
フェイルはカナタから視線を外して空を見る。
「私は罪深い男でな。娘の幸せを第一に考えていたにも関わらず、娘が選んだ男との結婚を許してやれなかった……」
その言葉にカナタは言葉を失う。
彼女がふと彼から視線を逸らした時、その先に彼が見ていたフォトが目に入った。
そこにはライガとナツキ、そしてまだ幼いカナタの姿が写っている。
(どうして……)
カナタがジッとフォトを見ていることに気づいた。
「このフォトに興味がお有りかな? これは娘とライガ殿が贈ってきてくれた物です。 文面はなくただフォトだけを贈ってきてくれました。 ただ私がこれを見たのは二人が死にこの娘が抱いている赤ん坊が行方不明になった後なんです」
たんたんと語るフェイルの言葉にカナタはいたたまれなくなり早くこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。
「何故初対面であるはずの貴女に話す気になったのかは分からぬが、聞いてもらえるだろうか?」
フェイルの言葉にカナタは無言で頷くしかなかった。

それからフェイルは一つ一つ思い出すように話す。
ナツキが初めてライガを紹介したときのこと……。
そしてそれに対して猛反対したこと……。
書き置きだけを残して消えてしまった日のこと……。
何年もかかって探し出した時には既に死んでいたと言うこと……。
二人の間に子供がいて、その子供もまた行方不明だと言うこと……。
何もかも全て手遅れだったと言うこと……。

「私はどうして二人の結婚を許してやれなかったのだろう。どうして祝ってやれなかったのだろう……」
後悔の余りで言葉を詰まらせ顔を伏せてそうつぶやく。
カナタはその姿に何も言えなくなり、彼の横に座り手を握った。
その手はあまりにも細く、すぐ間近で見た顔には深い皺が幾重も刻み込まれている。
後悔の念が彼をここまで蝕んでしまったのだとすぐに分かった。
「大丈夫です。きっと許してくれます。だって……だって、こんなに想い続けているんですから……だから、生き続けてください。後悔なんかじゃなく思い出を大切にして生き続けてください……」
最後は涙で言葉にならなかった。
会ったら罵倒を浴びせようと考えていた人。
だが、その人はすごく優しい人だった。
優しいがゆえに自分を傷つけ続けていた。
それが分かったとき、カナタはもう言葉を繋げることが出来なかった。
フェイルはカナタの手の中にある自分の手を抜くとカナタの髪を優しく撫でる。
「貴女は優しい人ですね」
「私は優しくなんか……」
カナタは首を左右に振る。
この人に復讐がしたいという気持ちだけで今まで生きてきた自分と、後悔と謝罪で自分を責め続け来たフェイルを比較してカナタはあまりにも自分が情けなく感じていた。

「そんなことは無いですよ。老人のこんな話を聞いて涙を流してくれるのですから」
その優しい言葉にカナタは自分はあなたの孫ですと言いたかった。
だけどそれは言っては行けない言葉。
言えば今まで自分を支えてきた物が全部崩れてしまう……そう思ったから。
その時左腕の通信機が鳴る。
カナタはフェイルから離れ背を向けると通信に出ると小型モニターに顔見知りのギルドのお姉さんが表示された。
「どうしました?」
『R5地区で暴動が発生して緊急コールが入ったの』
「分かりました。大至急向かいます」
『依頼開けでごめんね』
「いえ、これもハンターズの仕事ですから」
そう言うとカナタは通信を閉じフェイルの方を向く。
「仕事のようですね」
「はい。あの……勝手にお邪魔して申し訳ありませんでした」
「良いのですよ。貴女とお話が出来て本当に良かった」
「ありがとうございます。それではこれで失礼します」
カナタは深く頭を下げると、今度は正門から出て行った。





「とまぁこれが私とマスターとの初めての出会いと言うことだね」
ナツキの話にハルカはジッと聞き入っている。
「でもその後は15年前まで会うことは無かったんだけど」
「え、そうなの?」
「そうだよ。実際私も忙しかったから。でもあの時マスターと話をしたお陰で心が軽くなったの。ちゃんと両親を認めてくれていたんだから」
「そっか……。あ、でもその時は名乗ってないんでしょ」
「うん、でもその時にはすでに分かっていたみたい。アンドロイドの身体をもらったときに教えてもらったんだけど、お母さんの小さいときにそっくりだったんだって」
「そうなんだ……」
「うん……」





16年前。
フェイル・スライダーの護衛任務の際、見通しの悪い山道に差し掛かったとき、暗殺者集団に襲われた。
フェイルの護衛は5名のボディガードとカナタ・トラッシュを初めとする5名のハンターズ。
暗殺者の人数は15人。
数的には問題は無い。一人頭3人で行ける(ボディーガードは頭数には入れていない)。
カナタはそう思っていた。
だがそれが隙を産む切っ掛けとなった。

カナタ達ハンターズはフェイルをボディーガードに任せて、暗殺者達をなぎ倒していく。
15人目を倒したとき、フェイルを護衛するボディーガードの一人がフェイルに対して銃を向けた。
そう、16人目がいたのだ。
彼が引き金を引いた瞬間、一番近くにいたカナタは咄嗟にフェイルを庇うように前に立つ。
銃口から発射されたフォトン弾はカナタの胸に吸い込まれていく。
そして、カナタはそのまま後ろの車いすに座るフェイルにもたれるように倒れていった。
カナタが最後に見たもの……それはフェイルの……祖父の涙であった。

なお16人目の暗殺者は、後日ハルカの元にカナタの遺品を届ける役目を担うサーティの手によって倒された。


数日後。
スライダー邸の一室に豪華な調度を施されたベッドに眠る女性型アンドロイドの姿があった。
彼女の目にゆっくりと紫色の光が灯る。
そして最初に見たものは白い天井だった。
「私……」
彼女は小さくつぶやく。
ゆっくりと身体を起こすと両手を見て驚きの表情を浮かべる。
「!?」
そして慌ててベッドから起きあがると、ベッドの脇にある姿見に映る自分の姿を見て言葉を失う。
そこには黒を基調としたボディに銀色の髪を持つメイド型アンドロイドの姿があった。
「これって……どういうこと……」
彼女はよろよろとベッドに端に腰を下ろすと記憶をたどる。
「私の名前はカナタ・トラッシュ。ハンターズの一員であの日フェイル・スライダーの護衛任務の時、暗殺者から彼を守るために……守るために……撃たれた。そして私は……」
カナタは自分の身体を……血の通わない冷たい機械の身体を抱きしめ震える。
「私はあの時死んだはず……なのに……」
「気が付かれたようですね」
優しい声が室内に響く。
カナタはパッと顔を上げると入り口の所に自動走行する車いすに乗った初老の男性−フェイル・スライダーがいた。
「スライダーさん……」
フェイルは車いすを動かし、彼女と向き合う位置で止めた。
「まず、最初に貴女に謝らなければ行けませんね。私の護衛など頼んだばかりにこんな事になってしまい申し訳ありません」
彼は深く頭を下げた。
「やめてください! ハンターズである以上、任務でいつ命を落とす事になってもそれは当然の事なんです。それよりもこの身体は一体……私はあの時……」
口早に言うカナタにフェイルは頭を上げゆっくりと話し始める。
「確かにあの時、貴女は命を落としました。ですが脳はまだ生きていたので、すぐに知り合いのドクターに頼んでそのボディに移植してもらいました。命の恩人に私が出来ることはこのぐらいしかありませんから。ですがすぐに用意できたのがメイド用の汎用ボディだったのは申し訳ないと思ってます」
「そんなんじゃ理由になりません。第一、生きている人の脳をアンドロイドに移植するなんて禁止されてはいないけど倫理的に問題があると言う理由から事実上禁止されているも同然の事なんですよ! それなのに命の恩人だからって……そんなのおかしいですよ」
カナタは一気にまくし立て、そして二人の無言で視線を交わす。
最初の視線を逸らし口を開いたのはフェイルの方だった。
「やはり建前で納得しろという方が変ですね。だが私が貴女をその身体に移植した理由は貴女も知っていると思うのですが、どうですか?」
「……え?」
「15年前、あの別荘で初めて会ったときから気づいてましたよ。貴女がナツキとライガ殿の娘……私の孫だということに」
「まさか……」
「貴女は顔の作りから表情や仕草と言ったところまでナツキにそっくりでした。だから私は貴女が立ち去った後すぐに調べました。そして確信が持てました。ですが、私も貴女も立場上会うどころか連絡すら出来ない。どうすれば良いかと悩んでいるうちにこれだけ時間が経ってしまい、ますます会うのが難しくなってしまった。だから今回護衛という形で貴女を指名しました。ですがその結果、こんなことに……」
フェイルはそこで目を伏せ身体を震わせる。
その姿にカナタもまた何も言えなくなってしまった。

しばらく沈黙が続いた後、カナタは独白のように話し始める。
「私は貴方のことを憎んでいました。父と母はいつの日か結婚を許してもらってここに来ることが出来ることを願っていました。幼い私は父と母は仲が良いのにどうして許してくれないんだろうとずっと疑問を持ち続け、そして切っ掛けで貴方を憎むようになっていたのでしょう。そして私は両親と同じ一人前のハンターズになって貴方を見返そうと思い、あの日あの場所にいたのです。でも貴方の姿を見たとき私は何も言えなくなってしまった。ずっと憎んできたはずなのに……会ったら罵倒を浴びせかけようと思ってきていたのに……。幼い私を抱く両親のフォトを見る貴方の姿を見たとき、両親に対する思いを話してくれたとき、私は自分がすごく恥ずかしく思えました。どうしてもっと早く会いに来なかったんだろうと……私は……私は………………」
カナタはそこで言葉を詰まらせ前へ突っ伏した。
その身体をフェイルは優しく包み込み、人工毛髪である銀髪を撫でる。
「冷たいこの身体は身体に触ります。だから……」
「いえ、貴女の心はすごく暖かいですよ。それに孫である貴女を祖父である私が抱きしめて何か不都合でもありますか?」
「!?」
その言葉にカナタはハッと顔を上げフェイルを見る。
彼は彼女を優しい眼差しで見つめている。
「おじいさん……」
やっと言うことが出来た言葉。
その言葉を切っ掛けに、27年間言えなかったその呼び名をフェイルの胸の中で泣き声混じりに呼び続けた。

「なんか……すっきりしちゃいまいした」
小一時間ほど泣き続けていたカナタは言葉通りすっきりとした口調でそう言うとフェイルから身体を離しベッドの端に座り直す。
「もう良いのですか?」
「はい」
「それはよかった」
元気よく頷くカナタはフェイルは静かに微笑んだ。
「これからどうしますか? もしハンターズに戻るのでしたらこちらの方で手配しますが」
「いえ、ハンターズには戻りません。 カナタ・トラッシュはあの時死にました」
「ですがそれでは……」
「たぶんハルカが怒ると思いますが……あ、ハルカと言うのは私の親友でして、今頃泣いているかなぁってと思うのですが……」
「それならなおのことじゃないですか」
「それでも今は会えません」
はっきりというカナタにフェイルは軽く溜め息をつく。
「カナタがそう言うのでしたら仕方ありませんね。ナツキも言い出したら聞かない娘でしたから。でもちゃんとそのハルカさんという方に連絡をするのですよ」
「……はい」
カナタは小さく返事をする。
その様子にフェイルは彼女の仕草があまりにナツキと重なって苦笑を漏らす。
「話は戻しますが、ハンターズに戻らないとするとどうするのですか?」
「それなんですが、ここに置いて頂けないでしょうか?」
「ここに、ですか?」
「はい。倫理的に問題のある機械への生体脳移植なので孫と名乗ることは出来ません。ですが幸いこの身体はメイドタイプの物。だからメイドとして側にいたいのです」
「それは、私としても嬉しい話だが……カナタはそれで良いのですか?」
「はい。ここにいることを許して頂けるなら、私に名前を付けて頂けませんか」
「それはどうして?」
「カナタ・トラッシュはすでに死んだ存在だからです」
その言葉を言ったときカナタはしまったと思った。
そしてそれは彼女の予想通りフェイルの表情を曇らせた。
だが、カナタは後に引くことなく言葉を繋げる。
「私は私です。ですがこれからもカナタ・トラッシュの名乗ることはおじいさんに迷惑が掛かるかも知れません。ハンターズとして、そして『銀の閃光』と呼ばれた私は今まで色々とやってきました。無論敵も多いです。だからこそ名前を変えたいのです。そしてその名前をおじいさんに付けて頂きたいのです。ダメでしょうか?」
フェイルはその理由を聞き納得したようだ。
柔らかい表情でカナタを見つめる。
「カナタがそう言うのでしたら、名前を付けさせていだきましょう」
そう言って少し考えると静かに「ナツキ」と言う。
「お母さんの名前ですか?」
カナタは驚いた。どんな名前でも良いと思っていたが、まさか母の名前を持ちだしてくるとは予想外だったからだ。
そんなカナタをよそにフェイルは言葉を続ける。
「新しく来たアンドロイドに死んだ娘の名前を付けると言うのは自然の事では無いでしょうか? カナタが嫌だというのでしたらもう一度考えますが……」
「いえ、嫌だなんてそんなことは絶対にありません。でも私がお母さんの名前を名乗っても良いのかなって……」
「あの娘も許してくれますよ。だからこれからはナツキ・スライダーとして私の側にいてくださいね」
「はい!」
カナタ、改めナツキは大きく頷き答えた。





ハルカはカップを持ったまま驚きの表情のまま固まっていた。
ナツキはテーブルに身を乗り出し、ハルカの目の前で手を左右に振ってみる。
「ハルカさん?」
「あ、ごめんね。あまりにも衝撃的な話に驚いちゃった」
複雑な表情でカップに口を付ける。
ナツキはちゃんと座り直すと、クスッと笑う。
「別に衝撃的でもないと思うけど」
「十分衝撃的だって。普通はそんな人生送る人はいないよ」
「言われてみればそうだけどね」
「でもなんでその時にすぐに連絡くれなかったの? そうしてくれれば5年間も悲しい思いしなくても良かったのに!」
ハルカはもっともな不満をぶつける。
「マスターに迷惑をかけることは出来ないからだよ。カナタ・トラッシュにどれだけ敵がいたのか……考えてみればあの暗殺者の狙いは私だったかもしれないし。その後もナツキ・スライダーと名乗っていたのは、やっぱりマスターの敵を取ると言う目的が大きいからかな? 今はもう惰性だね」
最後の方は非常に軽い口調のナツキにハルカは苦笑するばかりであった。
「あ、あともう一つ聞いて良い?」
「どうぞ」
「でもやっぱりどうしてスライダー氏のことを『マスター』って呼んでいるの?」
「あそこにはメイドとしていたから……かな? 確かに初めの頃は呼び方が安定しなかったけど5年間の間に身に染みついちゃったんだね」
笑いながら言うナツキにハルカはさらに苦笑した。
「まぁ何にしてもカナタ・トラッシュはナツキ・スライダーとして生まれ変わって今ここにいる。それでいいんじゃないかな」
「そうだね……すごい遅刻だったけどちゃんと約束通り帰ってきてくれたんだから」
「うん」
ナツキは笑顔で頷いた。



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<あとがき>
絵夢「ということでこれでナツキの過去の出来事はひとまず全部出きったかな?」
恵理「お母さんの名前で今も過ごしているなんて……いつ本当の名前にもどるの?」
絵夢「戻る気ないんじゃないかな? ナツキだし(w」
恵理「う〜〜ん(汗」

絵夢「ストーリーは次当たりから動き出すかな?」
恵理「まだ動いてなかったの!?」
絵夢「だって二人が話してるだけじゃん」
恵理「あ〜それもそうだよね」
絵夢「そう言うこと。というわけで次回もどうぞよろしく」
恵理「みなさん、次回まで」
絵夢&恵理「まったね〜♪」