NOVEL |
街はすでにクリスマスムード一色であった。 さらに街全体を白く染めた雪がそのムードを一層盛り上げている。 そんな中、街の中心部にある商店街のパン屋で働く青年が、店で貰ったあまり物のパンを抱え自宅へと急いでいた。 青年の家は街から丘を一つ越えた場所にある。 そのため、行き帰りの道は深い雪に覆われていて、歩くのでさえ一苦労であった。 青年の名はカイル・ランフィード。歳は二十歳。 中肉中背で綺麗な黒髪の持ち主。 一年前に両親を事故で亡くし現在は天涯孤独の身であるが、持ち前の明るい性格が周りによけいな心配や同情を与えなかった。 「街の方に引っ越そうかな……」 雪に足を取られながらぶつぶつとつぶやく。 彼は毎日のようにこう言いながらこの雪道を歩いている。 実際、引っ越すだけのお金はある。 しかし両親が唯一残してくれた家をどうしても手放す事が出来なかった。 街から1時間ほど歩くと彼の家が見えてくる。 すると玄関の前に不自然な雪の固まりがあった。 (なんだろう……) 近づくとそれが雪のように真っ白な服を着た女の子だと分かった。 「女の子?」 歳の頃は16〜7歳ぐらいの少女が玄関の前でうずくまり眠っていたのだ。 全身に雪が積もっている。 どうやらずいぶん前からここにいたらしい。 カイルは少女の体に積もっていた雪を振り払うと、彼女の体を揺すりながら声をかけた。 「おい!しっかりしろ!!」 だが反応はない。 かろうじて呼吸はしているが、少女の体はすっかり冷え切っている。 カイルは急いで家の中に運び込むと、少女をソファーに寝かし家中の暖房に火を入れた。 その後、抵抗を感じながらも少女の濡れた服を脱がせ、その体を毛布でくるんだ。 それから数分後、体が暖まってきたのだろうか、それまで冷えて蒼白色だった顔に赤みが差してきた。 「これでもう安心かな……」 少女のその寝顔を見てふとつぶやいた。 それからどのくらい経ったのだろう。 カイルは少女の寝顔を見ている間に眠ってしまったようだ。 彼が目を覚ますと目の前のソファーに寝ているはずの少女の姿がなかった。 (あれ……?) 慌てて起きあがると少女にかけたはずの毛布が自分にかかっていることに気づいた。 「あれ? 何処に行ったんだ……」 カイルが立ち上がろうとしたとき、寝室のほうからあの少女が出てきた。 少女はカイルの服を着ている。 どうやら濡れた服の代わりに着る服を探して寝室にいたようだ。 「あ……あの……」 少女はカイルを見て少し恥ずかしいのかうつむいてしまった。 カイルもその様子にすぐに気が付いた。 「えっと……その……君には悪いと思ったんだけど、あのまま濡れた服を着せておくわけにもいかなかったから……」 「だ、大丈夫です。分かってますから……」 「そう……あ、服が乾くまでそれ着てて良いよ」 「はい……」 「取りあえずソファーに座ってて。今、ホットミルクを入れるから」 こくっと頷くと少女は先ほどまで自分が寝ていたソファーに座った。 カイルは安堵の笑みを浮かべるとホットミルクをカップに注ぎ少女に手渡した。 「熱いから気を付けてね」 「はい……」 カップを受けとると両手で支えながらゆっくりと飲み始める。 カイルはその様子を見ながらどう切り出したらいい物か考えていた。 少女がカップのミルクを飲み終えたときカイルは口を開いた。 「とりあえず自己紹介がまだったよね。俺はカイル、カイル・ランフィード。両親に先立たれて今は天涯孤独の身って奴なんだけど。ま、それでも結構お気軽にやってるけどね。君の名前は? どうしてこんな所?」 少女はカイルの質問に口ごもりうつむいてしまった。 そして二人の間に気まずい沈黙が流れる。 「言いたくないならそれでも良いよ。人それぞれいろんな事情があるだろうから。だけどせめて名前ぐらい教えてよ。そうじゃないと君のことをなんて呼べばいいか分からないから」 「……リーフィー……」 「リーフィー?」 「はい……訳あってここまで来たのですが……あの……その……」 リーフィーはそこまで言うと、再び口ごもりうつむいてしまった。 「だから無理に話さなくて良いよ。俺も無理に聞こうと思わないから。夜が明けたら街まで案内してあげるよ」 すると、カイルが言い終わるのを待っていたかのように突然リーフィーは、顔を上げ真剣な眼差しで彼に向けた。 「あのカイルさん……しばらくの間、ここに置かせてはもらえないでしょうか。無論、ただでとは言いません。お金は……ありませんが……でも掃除やお料理でも何でもやります。それに……カイルさんが望むのでしたら……あの……その……だから……」 一瞬、カイルは彼女が何を言っているのか分からなかったが、次の瞬間思わず吹き出してしまった。 リーフィーもその笑いに我を取り戻したかのか、気まずそうに顔を真っ赤にしてまうつむいた。 「ごめん、笑ったりして。でもあまりに君が真剣に変なこと言うもんだから……」 「すみませんでした……」 「良いよ、君の気が済むまでここにいて」 「え……」 「部屋は余ってるし、それに……困ってるときはお互い様ってね」 「はい、ありがとうございます」 リーフィーはその言葉に嬉しそうに返事をした。 翌朝、カイルはいつもとは違う朝を迎えた。 何かいい匂いが家中を包んでいる。 「……何だろう……」 カイルは匂いにつられるように部屋を出た。 するとリビングではリーフィーが朝食の用意をしていた。 テーブルにはパンやハムエッグ、サラダ等いわゆる『一般的な朝食』だが、両親が亡くなってから朝食を外で簡単にすませていたカイルには久しぶりの家庭料理でもあった。 「おはようございます、カイルさん」 「え……あ、おはよう。すごいなぁ、まともな朝食なんて久しぶりだよ」 「いえ……そんな……。ただ冷蔵庫にある物を使って作ってみたんですが、お口に合うかどうか……」 「では、いただきます」 目の前に並べられた料理を一口食べる。 リーフィーは心配そうな顔で立ったままじっと見ている。 カイルはそんなリーフィーに向かって「すごく美味しいよ」と笑いかけると、彼女も安心したように「よかったぁ」とにこやかな笑顔を彼に向けた。 こうして二人の生活が始まった。 家に帰ってきてもいつも一人だった。 だからと言って悲しんでもいられない。 常に前に向かって歩いていこう、両親が死んだあの日カイルはそう決めた。 しかし孤独だと言うことに変わりはなかった……。 でもリーフィーが家に来てからは今までの孤独から解放された。 今でも、彼女は自分のことを話そうとしない。だけどカイルはそれでも良かった。 彼女がいつもでもここにいてくれれば……。 初めはただの同居人でしかなかった。 だが、この1ヶ月あまりの生活の中でリーフィーはカイルにとってかけがえのない人になりつつあった。 そしてクリスマスイブの夜。 カイルはいつものように家路を急いでいた。 リーフィーに渡すプレゼントと言葉を用意して……。 家が見えてくると、リーフィーは初めて会ったときと同じ白い服を着て外にいた。 そして空を見つめている。 「どうしたんだ、そんな薄着でこんな所に立っていたら風邪を引くだろ」 その声に初めてカイルの存在に気づいたのか彼を見る。 「カイル・・・・」 リーフィーは涙を流し始めた。 「一体、どうしたんだよ」 「カイル・・・・ごめんなさい。もう時間がないんです」 「時間って?」 「私はもうすぐ行かなければいけません」 「行くって・・・一体何処に・・・」 持っていた荷物を落としカイルはリーフィーの二の腕を掴んだ。 「私はある人達に頼まれてあなたの様子を見に来た天使なんです」 「天使って・・・冗談だろ・・・」 カイルは信じられないと言った表情でじっとリーフィーを見つめた。 「本当です・・・そして今日、私は天に戻らなければいけなくなりました」 「何で!!」 「私・・・あなたのご両親に頼まれてあなたの様子を見に来たんです。初めは遠くから見てるだけにしようと思いました・・・だけど・・・・だけど・・・・」 リーフィーは涙で言葉をつまらせる。 「冗談だろ、リーフィー……」 「……」 こぼれる涙を拭うことなくリーフィーはカイルの胸に身体を預ける。 彼女が天使かどうかと言うのは別にして、彼女の別れたくないと言う気持ちがカイルにも痛いほど伝わった。 その気持ちはカイルもまた同じだから……。 「なぁリーフィー、何とかならないのか。ずっと……ずっと、ここにいることは出来ないのか」 「私もお願いしました……だけど、許してもらえませんでした。そして今すぐに戻るようにと……神様が……」 「そんなバカな話ってあるかよ……これからだって言うのにさ……」 「カイル……」 その時、天から一条の光が降り注ぎリーフィーを包み込んだ。 そして、その光に包まれたとき、彼女の背中に翼が現れた。 「!!」 カイルは目を疑った。しかし紛れもなくそれは天使の翼だった。 「リーフィー……君は……本物の……うわっ!」 光はカイルとリーフィーを引き離す。 「カイル、ごめんなさい……黙っていて、ごめんなさい」 カイルは光に手を差し伸べた。リーフィーを連れ戻すために……。 しかし、光はカイルを拒絶するかのようにはじき飛ばす。 「!!」 「カイル!」 吹き飛ばされ立ち上がりながらカイルは静かに言った。 「君が……何であっても……俺は……俺は……俺は君が!!」 だがその言葉をかき消すように光が辺り一面を包み込んだ。 何もなかったかのように元の静けさが戻った。 家の前にはカイルが倒れている。 数分後、カイルは意識を取り戻しあたりを探したが彼女の姿は何処にもなかった。 そこにあるのはリーフィーに渡すはずだったプレゼント……言葉と共に渡すはずだった指輪だった。 カイルはそれを見つめ、天を仰ぎ見た。 「リーフィー、俺は君をいつまでも待ってる。例え何年でも何十年でも……」 あれから1年が過ぎた。 街は何も変わらず、また今年もクリスマスムード一色に染まっている。 表向きは今までと変わらない様子のカイルだが、一人の時ふと寂しい表情を見せるようになっていた。 「カイル」 帰り支度をしている彼を同僚のシンが呼び止めた。 「どうだこれから騒ぎに行かないか?せっかくのクリスマスイブなんだし、騒がなきゃ損だぜ」 「悪いけど、そう言う気分じゃ……」 「そう言わずに、ついてくる」 シンはカイルの腕を掴むと強引に連れだした。 「まったく、何処行くんだよ」 「パーティー会場に決まってるだろ」 「パーティー会場?……ああ、いつもの場所ね」 カイルやシンが学生時代から仲間達と使っている飲み屋で、パーティーとなると必ずと言っていいほどそこで行われていた。 「お前、ここのところ付き合い悪いんだから、たまには顔出さないとな」 「あ、あのなぁ……」 「両親が亡くなってもう2年だろ。よけいなお世話かも知れないけど、いい加減吹っ切った方がいいと思うぜ」 「それだけじゃないんだけどな……」 「どういう意味だ?」 「なんでも……」 『ないよ』と言葉を続けようとしたとき、カイルの目に見覚えのある少女の姿が映った。 「どうした、カイル?」 「ごめんシン。用事を思いだした。みんなにはまた埋め合わせすると言っておいてくれ」 カイルはシンにそう一気に言うとその少女を追いかけて人並みを駆け出した。 「お、おいカイル!!」 呆気にとられたシンはカイルを呼び止めようとしたが、人混みに紛れすでに見失っていた。 「まったく……あいつの考えてることは分からんな……ま、いいか。埋め合わせするって言ったんだ。しっかり後で埋めて貰うことにしよう」 シンはそうつぶやくと目と鼻の先にあるパーティー会場ともなっている行きつけの飲み屋に入っていった。 「確か、こっちの方に来たはずなんだけどな……」 息を切らせながら街中を走り回り少女の姿を探す。 そして気づくと街の中央にある噴水の所にいた。 イルミネーションに映し出された噴水。 その周りには何組もの恋人達が愛を語らっている。 「……変なところに出てきちまったな……」 カイルは足早にそこを立ち去ると再び街中を走り回る。だがその少女の姿は見つからなかった。 街の片隅にある小さな公園で立ち止まった。 公園の時計を見るともうすぐ0時を指そうとしている。 「……やっぱり気のせいだったのかな……」 カイルは疲れたようにベンチに座り込んだ。 しばらくそこでじっとしていると雪が降ってきた。 「結局、今年もホワイトクリスマスか」 その雪に苦笑を漏らす。 「今からパーティーに行ってもしょうがないし……家に帰るかな……」 ゆっくりと立ち上がると家路へと歩き出した。 普段でも1時間近くかかる道のりの上、散々街中を走り回って疲れているせいか倍近くのかかった。 やっと家が見えてきたとき、カイルは自分の目を疑った。 「……」 家の前には一人の少女が白い服を着て立っていた。 その姿を見たとき完全に言葉を失った。 「遅いぞ、カイル」 その少女はカイルに向かって言葉をかけてきた。 「あまり遅いから、また雪だるまになりそうだったよ」 「………………リーフィー」 カイルはやっとその名を言うことが出来た。 少女は嬉しそうに頷いた。 「ただいま、カイル」 リーフィーはうれし涙をこぼしながらカイルに抱きつく。 彼もまたは彼女を優しく受けとめ「おかえり」と言った。 「カイル、もう私、何処にも行かないで良いの。あなたのそばにずっといられるの」 「本当に?」 「うん。1年かかった……神様に許してもらえるまで1年かかった。あなたのそばにいることが出来るように許してもらえるまで……そのかわり、天使の翼を失って人間になったの。あなたと同じ人間に」 「でもそれじゃあ・・・」 「いいの。私、後悔してない。だって……だって……」 うれし涙で言葉につまらせてしまったようだ。言葉が続かない。 カイルはそっと彼女の涙を拭うと優しく唇を重ねた。 リーフィーも静かに目を閉じカイルを受け入れた。 二人のこれから始まる幸せを祝福するかのように雪が降り続いている。 カイルはこの日、神様に、そして彼女に巡り会わせてくれた両親に心から感謝した。 最高のクリスマスプレゼントをありがとうと・・・・。 |